第40話 聖なる鎖
少年を抱えていてスピードの落ちた私では、拡大された斧を避けられない。
闇魔力によって拡大された刃は、周囲の木を容易く切り裂きながら結界と衝突した。
その威力はエアアーマーの『虚無斬り』以上だ。
聖女の持つ結界の中で強度という点ではもっとも強い破邪結界。聖属性でありながら物理的な破壊力ももつそれは、ゴズの『牛鬼斬』となんとか拮抗した。
(重たいっ!)
ゴズの方を向き、結界に魔力を送り続ける。反属性魔力が思い切り衝突したことにより、空気を切り裂く轟音と雷のような光が結界と斧の間に生じた。少年が両手で耳を塞ぐ。
「ふがぁああああ!」
さながら剣士の鍔競り合いのように、膠着状態が生まれた。その間も破邪結界は斧を破壊しようと食らいつき、闇の刃は私と少年の首に伸びていく。
聖結界が一枚のガラス板だとすれば、破邪結界は圧縮された空気だ。高密度の魔力が渦巻くように絶えず移動し、斧の勢いを殺していく。
(破邪結界だけじゃなくて、聖結界も張ってよかった)
破邪結界だけでは押し切られていた可能性がある。
また相手が斧という攻撃範囲が広い武器であることも幸いした。一点突破の槍のような武器の場合、食い止められたか怪しい。
それでもパリン、パリンと聖結界が一枚ずつ割れていく。
(でももう、無理!)
じりじりと押され始めた。
私はポルターガイストで包んでいる少年を斧の射程外に一息で飛ばし、大木の前に座らせる。そして、私自身も回避する準備をする。
(結界を解除すれば、このままの軌道で斧が振りぬかれるはず!)
結界の突破は時間の問題だ。
感覚的にはかなり長かったけれど、拮抗していた時間は実際十秒か二十秒くらいだと思う。両手を前に突き出して結界を維持していたけど、もう限界だ。
私は押し切られる前に結界を全て解除した。それと同時に、上空へ跳びあがった。空を飛ぶのはレイスになってもできないけど、ゴズの頭上を跳び越すくらいならわけない。
「ぬうぉっ!?」
唐突に破邪結界が消えたことで、ゴズは勢い余って前につんのめった。斧を手放すような下手はうたなかったが、遠心力に振り回されて余分に一回転する。
だが、足腰が相当強いのか、右足を一歩踏み出すことですぐに体勢を立て直した。
(ポルターガイスト!)
ゴズが斧を下ろし動きを停止した瞬間を見逃すわけがない。ゴズの頭上から、今度は全力の闇魔力を叩きつける。
(これが死霊聖女の戦い方だよ!)
聖女の魔法で守り、魔物のスキルで攻撃する。
『聖女』のギフトを持ち魔物として蘇った私にしかできない戦い方だ。
「こざかしい! この程度の魔力、跳ね返してくれるわ!」
物を掴む力を、下方向に掛け続ける。魔力がさながら落石のように、ゴズを上から押さえつける。ゴズは膝を軽く曲げることで対抗してきた。
(斧を奪えれば!)
ポルターガイストで斧を掴む。ゴズが身動きを取れない今なら強奪できるかもしれない。
「舐めるな!」
ゴズは両手でしっかりと斧を握り、離さない。エアアーマーの兜ですら引きはがしてみせたポルターガイストでも、彼の握力には敵わなかった。
ゴズは全身から魔力を放出し、身に降りかかるポルターガイストを吹き飛ばした。
力任せに見えて、意外にも機転が利くらしい。魔力の操作も精密だ。
「たかがレイスにしては
「あ、あはは……」
(強い。これがBランクの魔物!)
これで幹部ですらないとは、ファンゲイル軍勢の層の厚さは人間の比ではなさそうだ。ゴズと戦えるものが、人間にどれだけいるだろうか。
レイニーさんは『枢機卿』という『神官』や『聖女』などと同系統のギフトでありながら、直接戦闘に優れた魔法を持っていた。噂だと『教皇』に近いらしい。さらに、彼女は聖騎士団に努めた経験もあると聞いたことがある。
私が知る中でゴズやメズと戦えるとしたら、彼女だけだ。
あとは、冒険者ギルドの上位陣がどれだけ強いか。実際に関わったことがほとんどないから分からないけど、数人いるかどうかだと思う。
「儂が斧を振り回すだけの能無しだと思ったか? 力だけでは高位にはなれぬぞ!」
(メズと比べたら大分おバカだと思います!)
「貴様があの人間を守りながら戦っていることは分かった。ならば、こうするまでじゃ」
嫌な予感がした。
ポルターガイストを自力で解き、自由の身になったゴズは私に斧を振り上げたかに見えた。
だが、次の瞬間には身を翻し、口角を耳に届きそうなくらい吊り上げた。彼が向いた先は――薬草を抱きかかえて縮こまる少年だ。
「止めてみろ」
ゴズは斧を上段に構え、地面を蹴った。
彼の脚力に掛かれば、少年を逃がした距離などたかが知れている。一足飛びで、瞬く間に接近した。
(だめ! 間に合わない。聖結界!)
彼の前になんとか聖結界を張るも、わずかな足止めにしかならない。
斧はなんのスキルも発動していない状態であるが、人間の子ども一人殺すのに、絶大な威力はいらない。斧本来の重量で叩き潰せば命はないのだ。
「残念じゃったな。魔物は非道なものじゃ」
斧は木漏れ日を反射して煌めき、少年に振り下ろされた。
それを止める手段は、私にはない。
「ママ――」
少年のか細い声が、かすかに漏れる。
私は懸命に手を、ポルターガイストを、結界を伸ばす。足りない。
「
少年の命を刈り取る巨大な刃は、髪一本を斬ったところで停止した。
「なぬっ!?」
見ると、ゴズの腕には光り輝く鎖が巻き付いていた。斧にも同様だ。
穢れをしらぬ、純白の鎖だ。どこか懐かしい、柔らかい聖魔力で満ちている。それでいて、敵には容赦のない正義の魔力。
「大きく、分厚い刃は世界で一番嫌いなものです。敬愛するお方の命を奪ったものですから」
知っている声だ。
「降ろしなさい、下郎。私が相手になりましょう」
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