第39話 VSゴズ

(やばい!)


 私は咄嗟に少年を背に隠す。座り込んだ子どもくらいなら私の身体でも隠せるし、半透明とはいえ透けて見えるほどじゃない。今のうちに逃げて!


「ひっぐ」


 横目で盗み見ると、少年は息を飲んで固まっていた。もはや叫び声も上げられないくらい、恐怖に支配されている。当然だ。見上げるほどの体躯を持つ牛頭の魔物は、大人でも足がすくむほど迫力がある。なんとか気を保っているだけでも褒めてあげたい。


「あ? なんじゃ、レイスか。早く隊列に戻るのじゃ」


「あ、あはは……」


 幸い、子どもには気が付いていない。それに、私が例のゴーストであることも察していないみたいだ。


「レイスなんていたかの……? まあいいわい」


 ゴズはそう言って、興味を失ったのか目線を逸らした。これがメズだったらもっと追及されていたかもしれない。今まで聞いた会話だと、メズは用心深い性格のようだから。

 とはいえ、このままゴズが離れてくれるに越したことはない。子どもを守りながら戦うのは難しい。早く逃がさないと。


(ほら、危ないからお姉さんと街道に戻ろう?)


 伝わらないと思うけど、そう必死に念じる。

 一歩、また一歩とゴズが遠ざかっていく。大丈夫、このままいなくなってくれれば、少年を助けられる。


「カタカタ」


 悪い事というのは重なるもので、今度は背後からスケルトンが現れた。ゴズがちらっとこちらを見た気がする。

 スケルトンは同じアンデットである私は無視して、少年に眼孔の空洞を向けた。完全に腰を抜かしている少年は動けない。


 スケルトンは少年に狙いを定め、近づいてくる。動きは遅いが、少年には逃げる気力は残っていない。


「や、やだ。ママ……」


(ソウルドレイン!)


 今の私ならホーリーレイなしでもただのスケルトンくらい倒せる。

 少し手こずったけど、魂を吸い出すスキルで骨から魂を無理やり引きはがした。魂がなくなった瞬間、骨はばらばらになって地面に転がった。カタカタ、と骨同士がぶつかる音が静かな森に響いた。


「ほう」


 恐る恐る振り向くと、ゴズが鼻を大きく開いて口角を上げていた。


「ファンゲイル様がおっしゃっていたのは貴様のことか。子どもを庇い同族を殺すとは、あの日の結界といい、特殊な個体のようじゃな」


「怖い、怖いよ……」


 うわ言のように繰り返すだけの少年を責めることはできまい。こんな状況、冷静でいろと言う方が無理がある。


 こうなったら形振り構ってられない。


(聖結界、ポルターガイスト)


 私とゴズの間に素早く物理に強くした聖結界を展開し、ポルターガイストの魔力で少年を包み込んだ。

 エアアーマーの兜を強引に外せるくらいの力が出るスキルだけど、あれは胴体と兜を別々に掴んで引っ張ることで可能にしている。物を固定したり掴むためのスキルなので、握りつぶすような使い方はできないのだ。だから、脆弱な子どもとはいえ宙に浮かせても壊さず掴んで移動させるくらいはできる。


「えっ?」


(ちょっとじっとしててね)


 念のため、スキルの精度を上げるために抱きかかえるようにして、少年を浮かせる。転んでけがをしているかもしれないから、軽い回復魔法もセットだ。どうか安心して欲しい。


「逃げるか! なら――ダークスイング」


「あははは!」


 そりゃ逃げるよ!

 ゴズは大きく一歩踏み込むと。闇魔力を纏った斧を豪快に振りぬいた。凄まじい威力だ。勢いのまま中木を数本なぎ倒し、私の結界を破壊した。エアアーマーといいメズといい、私の得意魔法である結界をいとも簡単に壊してくるから自信がなくなるね。


「不快な笑い声じゃな。ファンゲイル様より、貴様を見つけたら全力で攻撃するよう仰せつかっている。それに、景気づけに子どもの肉が食べたかったところじゃ」


 なんとか間合いから逃れた私は少年を抱え、バキバキと木が倒れる音から逃げる。

 大斧が横薙ぎに振るわれるたび木を切り株に変えるが、ゴズの勢いはとまらない。なんて体力と腕力なのだろうか。


 それにしても、ファンゲイルが私を殺す気ならなんでこの前やらなかったんだろう。ゴズに倒されるようなら仲間には必要ないっていう判断なのかな。


 子どもの肉、というワードに、少年の顔が一層恐怖に歪んだ。私をちらちら見てるけど、食べるために運んでいるわけじゃないよ!


(ホーリーレイ!)


「ふんッ」


 木の裏側に逃げ込みながら放った光線は、盾のように構えた斧の側面に弾かれた。次の瞬間には、背後の木が粉砕された。

 少年を抱えているからすり抜けて進むことができず、木を避けて蛇行しているため付かず離れずの距離を保たれている。反対に、ゴズは木があっても構わず、力任せに破壊しながら直進してくる。


(もうどっちが街道かも分からないよ……)


 方向を気にして逃げる余裕なんてなかった。

 少年はすっかり怯えた顔で、ぎゅっと目を瞑っている。それでも手には、いつの間にか拾い直した薬草がしっかり握られているので、ママ思いのいい子だね。


「なかなか逃げ足が速いようじゃが、わしには勝てぬぞ。牛鬼斬ぎゅうきざんッ!」


 大斧の存在感が増した。先ほどまでとはけた違いに多い魔力が斧に込められているのが分かる。

 それだけじゃない。ダークスイングでは陽炎のように揺らめく闇魔力を纏っているだけだった。謂わば私が兵士の剣に聖属性を付与したのと同じ感じだ。

 しかし、今の大斧は刃が二倍、いや三倍ほど大きくなっている。魔力が実体を持ち、斧を拡張するように光の刃を伸ばしているのだ。


 本能的に悟る――あれを受ければ死ぬ。


(聖結界……ありったけ! 物理も魔法もどっちも防げるやつ!! そして破邪結界!)


 全力で防御態勢を取る。

 ゴズは好戦的に目を細めて、間合いを詰めた。

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