第36話 開戦準備

 アレンたちとともにエアアーマー率いる約百体の魔物を倒してから三日が過ぎた。

 私は街道を移動しながら魔物を倒し安全を確保する生活を送っていた。まだ結界を常時展開するような魔力はないので、しらみつぶしに回るしかない。


(なんか、魔物全然出て来なくなっちゃったな)


 それ自体は何ら悪い事ではないし、街道を利用する人たちにとっては喜ばしいことだ。不満があるとすればレベルが三十七で止まり、進化まであと一歩のところでお預けを喰らっていることくらいだ。


 これを冒険者や私の努力の成果だ、と安直に考えることもできる。魔物の増加を察知した冒険者が『不死の森』周辺を巡回しているところ度々見かけたし、何度も攻撃されかけた。すぐ逃げた。


 でもそれにしたって、スケルトンの一匹すら見かけないのはおかしい。結界がなければ勝手にふらふらと出てくる魔物なのに、今の街道は安全そのものだ。王都から離れた場所も回ってみる?


(森の中に戻ればいるんだろうけど、なんで外にはいないのかな)


 嵐の前の静けさ、なのかもしれない。


 本格的な侵攻の前に戦力を集中させているのだとしたら、次はより肥大化した大軍が攻めてくることになる。


(うぅ、その前に進化したいのに)


 昼間は冒険者と遭遇することが多くなったので、今は夜を中心に徘徊している。もうすぐ陽が昇るけど、今日は一体も魔物がいなかった。まるで結界があったころのように、『不死の森』から少しも魔物が出てこない。


(うん、とりあえず安全になったと喜ぼう! ファンゲイルは私に怯えて逃げたんだね! きっと)


 絶対にそんなわけはないけど、とりあえずそう思うことにしよう!


 だんだんと昇ってくる太陽に背を向けて、孤児院のある街に向かう。

 ほとぼりが冷めるのを見計らい、昨日孤児院に戻ってみたのだ。アレンはまったく変わらない様子で私を迎えてくれた。今日もひと段落ついたら屋根裏部屋で落ち合う約束だ。


(それにしても、神官のみんなが皇国に帰っちゃうなんてなー)


 たしかに私を勝手に処刑したのは王国の落ち度で、彼らの選択は正しいんだけど……。アンデットに対する切り札になりえる神官たちがいないのはかなりの痛手だ。でも、子供たちを連れて行ってくれたのは助かるね。王国はもう安全ではないから。


(今日こそ喋れるようになって戻る! って意気込んでたのに、私はまだレイスです)


 い、いいもん。真っ黒だから陰に隠れやすいんだよ!


 朝方は人の往来もほぼないものの、一応警戒しながら建物の陰を渡り歩き、孤児院に入る。アレンはまだ寝てるっぽいね。寝顔をじっと見てるのも失礼だから、屋根裏で待たせてもらおう。


 しばらくして気温が上がり始めたころ、起きてきたアレンが顔を出した。


「セレナ、戻ってきてくれたんだね」


 やっほー、と手を振って応える。アレンはほっとした様子で手を振り返した。


「またカールと話してきたよ。セレナの生まれ変わりだってことは信じてもらえなかったけど、あのレイスが味方として動いていたことは分かって貰えたと思う」


 アレンは私への疑念を払拭するために、ずっと動いてくれているのだ。

 私の方はすぐに諦めてファイアーボールを打っちゃったけど、アレンはさすがだね。彼が疑われないように、なんて小細工はいらなかったみたい。


「冒険者とは情報の共有も終わって、かなり協力的だ。僕らが言わずとも、魔物が増加したことは分かってたみたい。でも、騎士団の反応は芳しくないね。なんでも、貴族の護衛で忙しいらしくて。噂だと、あの枢機卿の……レイニーさん? が言い残したことで王子の奴が慌てて騎士団を招集したみたいなんだ」


 『ケラケラ』のスキルで作る笑い声を駆使して、相槌を打ちながら話を聞く。

 アレンとカールは本当に頼りになる。私一人でどうにかしようと藻掻いていた時より、かなり効率よく対策が講じられているね。


「魔王がいつ攻めてくるかは分からないまんまなんだよね?」


 うんうん、と大げさに首を縦に振る。


「そっか。いつ来てもいいように、準備を急がないとな」


 魔物を絶対悪とし、アンデットに有利な神官たちがこぞって逃げ出すような相手だ。兵士や冒険者が束になっても、おそらく敵わない。

 アレンにもそれは伝えてあるけど、だからといって逃げる理由にはならないみたい。私も最後まで戦うつもりだから、似た者同士だね。


 人間だけじゃ無理でも、死してなお『聖女』のギフトを有する私ならなんとかできるはず。


 その後もアレンの報告を聞いて、それが一通り終わると他愛ない話をした。


 小さい頃はおしゃべりな私の話を、アレンがじっと聞いてくれてたっけな。今はアレンが一方的に話すのを、私が黙って聞いている。彼は話すのが得意なタイプではないから、あまり話が続かない。でもまるで沈黙になるのを恐れているように、話すのをやめたら私がいなくなってしまうとでも思っているのか矢継ぎ早に話題を繰り出していく。それがなんだかとっても辛そうで、痛々しい。


 私が手の平に聖魔力を集め、アレンの頭を撫でた。


 こんな状況だからあまり楽しい雰囲気にはならないけど、彼といられる時間はとても心地よかった。


 昼前までこうして話していた。そして、アレンが買い出しのために外に出ようとした時、孤児院の中にどたどたと足音が響いた。


「アレン!! いるか!?」


 カールの声だ。


「どうしたんだ?」


「ああ、アレン。今すぐ出る準備をしてほしい。まだ確定情報じゃないけど――街道に大量の魔物が現れた」


 開戦の時は近い。

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