第33話 森にただいまー!
別に、感謝されたくてやったわけじゃない。
会うことはできなかった孤児院の皆や、街を守ることができた。それだけで十分だ。
本音を言えばアレンともっと一緒にいたかったけど、この身が受け入れられないことは元より分かっていた。
でも、こんな思いはもうたくさんだ。
(ぜったい人型になってやる!)
うじうじしてるのは私らしくないもんね!
人間らしい見た目の魔物になれれば、少なくとも初対面で怖がられることはなくなる。ファンゲイルは骨さえ持ってなければ人間にしか見えないもん。進化を重ねればきっと、人型になれるはず。
(もしかしたら人間に戻れたりとか!?)
それはないか。
とりあえず魔物の侵攻を食い止められたから、森に戻って動向を探ろう。
今度こそ見つからないように、情報を集めないと。
夜の帳が降りるとほぼ同時に、私は『不死の森』へと戻って来た。不気味な
(ただいまー!)
「おかえり」
(ひゃいっ!)
まさか返事が返ってくるとは!
ていうか、この少年のような明るい声は……。
(ファンゲイル!?)
慌ててその姿を探すと、針葉樹に寄りかかって座るファンゲイルの姿があった。傍らには当たり前のように魂の入っていない人骨がある。しかも、前回とは服装が変わってる。オシャレさんなのね?
「やあ、見てたよ」
(ぎくり!)
きっと私のことを始末しに来たんだ!
上手く逃げきったと思ったのに……。私が聖女だったことはバレてるから、ファンゲイルにとっては因縁の相手だ。見逃す理由がないよね。
私としてもファンゲイルさえ倒せば街は守れる。人間の姿をしているとはいえ魔王、躊躇してられない。私はちょっと逃げ腰になりながら、ポルターガイストの発動準備をする。さっきの戦闘で魔力を使いすぎて、残量がほとんどない。
「驚いたよ。ちょっとした宣戦布告のつもりで下位の魔物をけしかけたら、まさか君が現れるなんてね。ましてや被害ゼロで勝つとは思わなかった。エアアーマーは結構強いんだけど、レイスになったおかげかな」
ファンゲイルは地面に置いた杖に手を伸ばすことなく、呑気に骨子ちゃん(私命名)の頭を撫でた。
相変わらずの変態趣味で怖気立つ。どうやら即殺し合い開始、みたいな雰囲気ではないようで穏やかな笑みを湛えている。
(なにしにきたの?)
「ああ、そんなに怖がらないでよ。さっきも言ったとおり、ここにいるのはたまたまなんだ」
(私を捕まえたいんじゃないの?)
「昨日はそう思っていたけど、今は君に興味が湧いているんだ。取って食おうなんてつもりじゃないから、安心していいよ」
ファンゲイルの口調は優しい。でも、そうやって油断させてくる気かもしれない。
それならそれで望むところだ。このチャンスに情報を引き出そう。その迂闊さで捕まりそうになったことを棚に上げつつ、腕を降ろした。
「君、聖女だった子だよね?」
(うん、そうだよ)
「そっか。死んだから結界がなくなったんだね。てっきり皇国に行ったのだと思っていたよ。不運だったね」
聖女のこと、皇国のこと。随分人間側の事情に詳しいらしい。
「生きてたころの記憶はあるし、ギフトも使えるんだよね?」
(うん)
「すごいな。長年研究してきて初めてだよ、そんなの。聖女だからなのか、術式に変化が生じたのか。聖女以外にも、レアギフト持ちの魂なら……。再現が可能なら知能の高いゴーストの集団を作れるし、もしかしたら人を……
顎に手を当てて、骨子ちゃんを見ながらぶつぶつと思案するファンゲイル。
気がつけば私が情報を引き出されている気がするね。
うう、腹の探り合いは苦手なんだよぉ。貴族にはそういうの得意な人たくさんいたから、なるべく余計なこと喋らないように、とレイニーさんに厳命されてた。アホな子だと思われていたのかもしれない。
このままで終わるわけにはいかない!
(ねえね、次いつ攻撃する予定?)
「はは、直球すぎるでしょ。教えたら邪魔するんでしょ?」
(しないよ!)
します。
さすがに教えてくれないか。
砦で見た魔物が一斉に攻めてきたら、兵士だけじゃとても対応できない。冒険者や騎士団が揃ったらなんとか抵抗できるかもしれないけど、ゴズメズや門番スケルトン、あるいは姿を見ていない幹部の魔物が現れたら勝ち目がないだろう。
もし負けたら、その時は王国が滅ぶ時だ。
「そうだな、君が僕の物になるっていうなら教えてあげるよ」
(え゛っ)
「そんな嫌そうにしなくても……」
いや、乙女としては死んだ女性の骨とイチャイチャするような変態はちょっと……。
ファンゲイルの綺麗な顔が悲しそうに歪む。
(私は、王国に大事なものがあるから、あなたの仲間になるわけにはいかないの)
「大事なものっていうのは、さっきの人間たちかい? 随分嫌われていたようだけどね」
(それは……)
「人間って薄情で残酷だよね。たった今助けてくれた相手にも、平気で手のひらを返すんだ。それが正しいことだと盲信してね。固定観念に支配されて、本質を見ようとしない。君の心はとっても優しいのにね」
見た目もキュートだけど、と歯の浮いたセリフを吐くファンゲイルの目は、ちっとも笑ってなかった。まるで、別の誰かに向けた言葉のようだった。
(そんなことない! アレンはちゃんと私って気づいてくれたもん)
「君を庇っていた男の子かな? そうだね。でも君は彼を攻撃したじゃないか」
(それは……)
「分かってるよ。彼が君の仲間として迫害されないように機転を利かせたんでしょ? 今後も侵攻が続けば、彼の立場がどんどん危なくなってくからね。でも――それこそが、君が人間を信用していない証拠じゃないかい?」
言葉が詰まる。
別に、そこまで深く考えていたわけじゃない。アレンが困らないようにしたいなって思ったら、ファイアーボールを撃つことを思いついた。
結果的にアレンはカールの元に戻り、私は森に逃げ帰って来た。彼らの中で、私は完全に敵だと認識されただろう。
「君は死霊なんだ。人間の中に居場所はないよ。どれだけ尽くしても彼らは何度でも君に牙を剥く。僕のところなら可愛がってあげられるし、仲間もいっぱいいる。悪くない話だと思うけどね」
(なんで私が欲しいの?)
「研究に協力して欲しい。君は特別な存在だから、できれば無理やりじゃなく自分の意思で来て欲しいと思ってるんだ。聖女の時にさんざん邪魔してくれたことは不問にしてあげる」
やっぱ根に持ってた。
「まあ、考えておいてよ。僕はいつでも君を受け入れるよ。ただし邪魔をするなら容赦しないけどね」
ファンゲイルは立ち上がって入念に汚れを落とすと、骨子ちゃんを抱きかかえた。
木の裏から巨大な骨が顔を出した。人骨じゃない。あれは……ドラゴン? 見聞でしか知らない存在だけど、ファンゲイルの三倍ほどの体躯に巨大な足、比較的小さな腕といった特徴はまさしくドラゴンの物だった。
ファンゲイルは魔力を使って跳び上がり、ドラゴンの頭蓋骨に乗った。
「じゃあね、死霊聖女ちゃん」
ドラゴンは骨の翼を羽ばたかせ、ファンゲイルを乗せて空へ舞い上がった。
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