第32話 大勝利!!
兵士たちは、ファンゲイルの軍勢を徐々に駆逐していった。
既に魔物は五十体程度まで減り、各所で戦闘が行われているから進軍速度も落ちている。このペースなら街まで着く前に倒せそうだ。
魔力をケチらず聖別しておいてよかった。
心配があるとすれば、時間だ。陽が沈むまであと幾ばくも無い。夜になれば視界が悪くなり、人間にとって戦いづらい環境になる。魔物になって分かったけど、アンデットは夜でも問題なく見えるのだ。そもそも眼球のない魔物ばっかりだし、どうやって見ているのか分からないけど。
「メイジスケルトンに気を付けろ!」
メイジスケルトンやスケルトンアーチャーは遠距離攻撃をすることができるスケルトンだ。カタカタと音を立てて弓をつがえる、あるいは杖を向け、スキルによる攻撃を放つ。
本来であれば、今のような混戦状態で誤射の危険のある攻撃はしないのだけど、スケルトンには関係ない。味方に当たることなどお構いなしに、打ちまくる。それによって何人かケガ人が出始めていた。
「幸い動きは遅い! 距離を詰めて優先的に排除だ」
カールが指示を飛ばす。
(うーん、さすがに結界で守るほど余裕はないかも)
結界は目まぐるしく場所が切り替わる戦闘には不向きなんだよね。場所が固定された場所を守るのは得意だけど、自由に動かすことはできない。
攻撃に合わせて何度も展開する余裕はないので、傷の深い兵士にだけ回復魔法をかけて次なるエアアーマーを探す。
「傷が治って……?」
回復魔法は聖女や神官の代名詞とも言える魔法で、生前の私ならちぎれた腕すらくっつけることができた。ただ、魔力を多く消費するので多発することはできない。
(三体目……!)
コツを掴んだ私はポルターガイストであっさりとエアアーマーの兜を引っこ抜いた。これ、人間にやったら首千切れるんじゃ……。レイス、恐ろしすぎる。
私の知ってるレイスってその辺の物浮かせて暴れるだけなんだけど、こんなこともできたんだね。もしかして、私頭良すぎ?
「押し込めぇええええ!」
「俺たちならやれる!」
中盤戦に差し掛かり、約二十人の兵士の士気は最高潮に達していた。
スケルトンの剣を一人が防ぎ、もう一人が横から切りつける。ゾンビの毒攻撃を避けながら、首を落とす。移動や戦闘の疲れもあるだろうに、彼らの動きはどんどん洗練されていった。
そして、私が最後のエアアーマーを倒しきるのとほぼ同時に、全ての魔物が倒れ伏した。
私以外ギフトのない兵士の集団にしては、驚くべき戦果だ。
「やった、やったぞセレナ!」
アレンが声を震わせながら駆け寄ってくる。私もふわふわ浮遊して、一緒に喜びを分かち合おうと近づいた。
みんなで勝鬨を上げよう!
しかし、他の兵士たちは動かない。油断なく剣を構えたまま、アレンを――いや、その先の私を見ている。
「アレン」
カールが険しい顔でアレンを呼び止めた。
彼もまた、剣を下ろさない。
「カール、なんだよ」
「まだ魔物がいるでしょ? しかもそいつは上位種だ。危険だから下がってて」
「なっ!?」
戦闘の高揚感を引きずったままの兵士たちも、口々に戦意を表した。全員の殺気が私一人に集められる。
それは、先ほどまでスケルトンやゾンビに向けられていたものだ。純粋な敵意。街を守ろうという、彼らの決意。
「ふざけんな! こいつは敵じゃない!」
「アレン、落ち着いて、こっちに来るんだ」
アレンは私を背に庇うように前に立って、両手を広げた。私は彼の後ろで、ただ黙って震えていた。
カールはあくまで優しい口調でアレンを諭す。
「カール、分かるだろ? こいつはセレナなんだ。ほら、セレナ、カールに何か――」
「アレン、セレナは死んだんでしょ? そいつはただの危険な魔物だよ」
そう、私は間違いなく死んだ。王子の奸計によって、あっけなく処刑されたんだ。
だから、ここにいる私はセレナではない。セレナの記憶を持っただけのレイスだ。兵士やカールの判断は正しく、ゾンビやスケルトンだけではなく私を倒すまで戦いは終わらない可能性がある。
兵士たちも口には出さないけどカールと同じ意見なようで、剣を構えたままじりじりと距離を詰めてくる。その表情には怯えが垣間見える。ああ、私結構大暴れしてたからね。
「危険じゃない! セレナが鎧の魔物を倒しているところ見てただろ? それに、魔物が攻めてきていることを教えてくれたのはセレナなんだ」
「……アレンはあの子と仲良かったからね、信じたくない気持ちはわかるよ。たしかに、さっきまでは仲間割れをしていたようだけどね、それだけで魔物を信じる理由にはならないんだ」
アレンが肩を震わせ、拳を握りしめた。怒り出す前兆だ。
二人のやり取りを見ても、私の心は驚くほど静かだった。
拒絶されたのはレイニーさんに続いて二度目だ。だから仕方ないかな、って思う。
ギフテッド教徒であってもなくても、魔物とは人間の生活を脅かす危険な存在だ。結界が張られたのはここ数年の話で、その前は神官の尽力があっても多くの被害が出ていた。成人男性がほとんどの彼らにとって、記憶に新しいことだろう。もしかしたら、近しい人が魔物被害にあった兵士もいるかもしれない。
(そりゃ、私を受け入れるには難しいよね。だって私、死霊だもん)
アレンがすぐに私だと認めてくれたのが異常なんだ。彼には感謝してもしきれないけど、もうここにはいられない。
ひとまず進軍を食い止めることができたから、しばらく一人で戦おう。
大丈夫、王国は私が守る。
(だから、さよならだよ。アレン)
アレンは人間、私は魔物。
それはどう頑張っても変わらない。アレンと一緒にいるということは、彼に迷惑をかけることになる。
「ふざけ――」
アレンがいきり立って怒鳴りつけようとした瞬間、私はスキルを発動した。誰の目からも明らかなように、突き出した手のひらから炎を溢れさせる。頭大に肥大化した火の玉でアレンの背中を狙う。
「アレン!!」
ファイアーボールに気が付いたカールがアレンに飛びついた。重なって倒れ伏したタイミングを見計らって、アレンの背中があった場所にファイアーボールを撃った。もちろん当てるつもりはなく、地面にぶつかって消えた。
そのまま背を向け、全力で逃げる。兵士たちが追ってきたけど、馬が走るほどの速度で移動する私には追いつけない。
(また人間の力が必要になったら、アレンしか頼れる人いないから会いに来るね!)
あーあ、また一人になっちゃったな。
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