第26話 信じて! 私だよ!

 アレンとの再会は嬉しいけど、やっぱり怯えられてしまった。

 そうだよね。だって、どう見ても魔物だもん。孤児院の中を捜索している時に窓ガラスを覗いたら、黒いボロマントを被った足のない化け物だったよ。フードの中には、ぼんやりとした影があるばかりで、顔もない。


 ゴーストの時はなかなか可愛らしい見た目だったのになー。


 私は小さく丸まって、柱の前に座りこむ。ここは私の定位置だ。アレンと喧嘩したり、シスターのエリサに怒られたした時はいつもここで膝を抱えていた。床の木目を指でなぞりながらアレンが慰めに来てくれるのを待つんだ。


(あの頃は泣き虫だったなー)


 今もそんなに変わらないか。

 レイスになってよかったことと言えば、指ができたこと。あの頃と何も変わらない木目を丁寧になぞっていく。


「セレナ、なのか?」


 アレンが掠れた声を絞り出した。私はぱっと顔を上げて、こくこくと頷く。


「え、でも死んだって……その姿は……」


 ギフテッド教に縁のある孤児院で育ったけど、アレンは神官ほど教義に厳格ではない。魔物は生活を脅かす危険な存在として認識していても無条件で嫌悪するほどではないのだ。


 それでもアレンは生前の私の動きをする魔物を前に困惑している。


(信じて! 私だよ!)


 もう一押し!


 ちょっと半透明になっちゃったけど、あなたの婚約者ですよー!

 ここで信じてもらわないと、魔物の軍勢が来ていることを伝えられない。


 自分を指さして、その指を今度は下に向ける。

 せ、れ、な。ゆっくりと大きく、文字を描いていく。あいにくこの身体は塵一つ動かすことはできないから、いくらホコリが積もっていても文字にはならない。でも指の動きをしっかりと読みとってくれた。


「本当に?」


「あはは」

(うん! そうだよ!!)


 何度も首を縦に振る。

 アレンは口を半開きにして、恐る恐るといった様子で手を伸ばした。


 アレンは私が死んだことを知っているみたいだね。

 私も合わせて手を上げると、彼のやつれた顔がくしゃりと歪んだ。目が潤む。


 でもごめんね。私、死霊なんだ。


「あ……」


 二人の手は、温もりを確かめ合うことなく交差した。

 アレンの腕は勢い余って宙を泳ぐ。その手はフードの中すら貫通して、柱を掠めた。


 もう手を繋ぐことも、抱きしめ合うこともできない。


「なんだよ、これ。おかしいだろ。意味、わかんねぇよ」


 ごめん。そうだよね。

 ある日突然王宮に連れて行かれた幼馴染が、気づいたら死んでいて、今度はレイスになって戻って来た。普通の暮らしをしていたアレンにとって、理解が追いつかない事態だろう。私もよくわからないよ。



「俺はさ、セレナが王宮に行くのは嫌だったんだ」


 うん。知ってる。


「でも、孤児院の家族を一緒に守ろうって言ったから。それでセレナが幸せになるならって」


 幸せではなかったかな。私もアレンと一緒にいたかったよ。


「聖女の役目が終わったら、結婚しようって言ってたのに」


 覚えててくれてたんだ。


「なのに、なんで死んでんだよ」


 アレンの言葉は支離滅裂だった。

 口下手な彼が、思いのたけをぶつけてくる。私は返す言葉を持たず、ただ座って聞いていた。


 アレンは右手で顔を覆って、嗚咽を漏らし始めた。拳を床に何度も叩きつける。彼を泣かせたのは、私だ。危機管理が甘かったのは認めざるを得ない。

 私は腕を広げて、形だけでも抱きしめる。いつもと役割が逆だね。


 アレンは強い。不器用で要領が悪いけど、誰よりも頑張るし絶対に泣かない。

 そんな彼が弱っている姿に胸が締め付けられる。


(聖域、ヒーリング)


 触れることはできないから、代わりに聖属性の魔力でアレンを包み込む。聖女の魔法は暖かく感じるはずだから、これを私の温もりだと思ってもらえると嬉しいな。


 私の魔力に包まれて、アレンはしばらく声を押し殺して泣いた。精一杯の強がりを、私は優しく見守る。


「あはは」


 聞いて、アレン。


 再会は嬉しいし、こんな形になってしまったのは悲しい。

 でも、今は時間がないの。


 少し経って顔を上げたアレンに、身振り手振りで魔物のことを伝える。


「なんだ?」


(むむむ、婚約者なんだから私の言いたいこと分かってよ!)


 なんていう一度はやってみたかったワガママ娘っぷりを発揮しても、私の表現力ではなかなか伝わらない。


 ならば、先ほどと同じように文字を書こう。ポルターガイストでペンを握るのはまだ無理だから、指文字で。


 シスターが私たちに熱心に文字を教えてくれたおかげ意思疎通できます。いつも逃げ回ってごめんなさい。


(ま、も、の、き、て、る)


「魔物が?」


(5、0、た、い)


 そこまで書くと、アレンの顔付きが変わった。


 私は両腕を走る時のように交互に振って、急いで! と主張する。

 アレンは涙を拭って立ち上がった。悲壮感は消えて、決意に満ちた表情で私と目を合わせた。ちゃんと伝わったみたい。


 アレンなら、きっと頑張ってくれる。大丈夫。


「お前はこれを伝えるために墓から出てきたんだな」


 ちょっと違う。気づいたらヒトダマになってて、しばらく悠々と過ごしてました。


「今までと同じだ、セレナ――二人で、みんなを守ろう」


「あははは!」

(うん!)

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