第25話 アレンに会いに行こう!

 亡者たちが足並みを揃えて街道を進む、異様な光景。

 通りすがった私にも「よお! お前も来るだろ?」みたいな感じで臓物の飛び出た最新ファッションの人が手を上げてきたけど、それどころではない。


 彼らがこのまま進めば、そこにあるのは私の故郷だ。

 私はとうに死んだ身で、しかも魔物になっちゃったけど、大切な故郷なんだ。


 そこにはアレンやシスター、血の繋がりはないけどもっと濃い絆で結ばれた兄弟姉妹が暮らしている。さらにその先には王都がある。


(絶対食い止める)


 でも、多勢に無勢。敵は見えるだけでも五十体以上いて、レイスに進化した私でも一人で殲滅するのは難しいと思う。

 幸いゴーストに比べて大きな腕と、ポルターガイストという物を動かすスキルを手にしたことで意思疎通はできる。誰か助けを呼ぼう。


(レイニーさんを追いかけて戻ってきてもらう? 話聞いてくれるかなぁ)


 生前は頼りにしていた神官の皆だけど、魔物に対しては容赦がない。

 しかも、今の私はレイスだ。ゴーストなんかよりよっぽど危険な魔物。うん、近づいた瞬間に消される気しかしないね。私でもそうする。


(じゃあ街に先回りして、アレンに会いに行こう! アレンに教えればなんとかしてくれる!)


 これしかない!


 ……んだけど、ちょっと不安になる。

 それはきっと、レイニーさんに問答無用で攻撃された後だからだ。


 突然処刑されてもヒトダマになっても、私は深刻に考えなかった。なるようになる、そう思って明るく生きてきた。生きてないけど。


 でも、生前でいつも隣にいてサポートしてくれたレイニーさんから、純粋な殺意を向けられた。そのことが、思ったより私の心をえぐったらしい。

 アレンにも同じように拒絶されるんじゃないか、気づかれないのではないだろうか。そう思うと、身体が動かなくなる。


(アレンなら大丈夫だよね)


 十五年の人生の中で、一番信じられる相手は誰か、と聞かれたら間違いなく彼の名前を出す。

 頼れる人ならカールだし、優しい人ならシスターのエリサ、信頼している人ならレイニーさん。


 無条件で信じられるのは、アレンだけだ。

 大丈夫、大丈夫。そう言い聞かせて、街まで一直線で飛んだ。


 レイスの移動速度はかなり早い。真っすぐ進むだけなら、馬が走るくらいのスピードは出ていると思う。

 子どもサイズの黒い影が疾走する姿を見られたら驚かれると思うけど、緊急時だから許して!


(孤児院にいるかな?)


 昼間のアレンは、孤児院で家事をしているか露店に買い出しに行っているかのどちらかだと思う。平和な日常だ。決して裕福ではないけど、家族と暮らす素朴な日常を、私は守りたい。


 見慣れた街に着いた。正面から入るような真似はせず、柵で囲われた側面から侵入する。人目を避けて、裏通りを中心に孤児院へ突き進んでいく。

 この辺の脇道なんかは、小さい頃何度も通ったから目をつぶってても歩けると思う。無駄に入り組んでるから、人が来ることは滅多にない。ネズミがぎょっとして私を見てきたので、手を振って挨拶する。


 かくして、誰にも遭遇することなく孤児院に辿り着いた。


 子どもたちは大きくなったかな。エリサはもうすぐ五十歳になるけど、元気にしてるかな。

 壁をすり抜けて古ぼけた教会に入る。


(誰もいないのかな?)


 人の気配はない。

 部屋を一つずつ確かめてみるけど、教会はもぬけの殻だった。まあいつも室内にいるとは限らないしね。


(どうしようかな。闇雲に探してもしょうがないし、待ってた方がいいのかも……いやでも、あんまりゆっくりしていると魔物が来ちゃう)


 スケルトンやゾンビ、空っぽ鎧のエアアーマーは移動速度がものすごく遅いから、到着は夕方から夜だと思う。

 魔物を迎え撃つ準備をするなら、時間はいくらあっても足りない。早く伝えられるに越したことはないけど、アレンが見つからないとなれば……。


(ずっと隠れてたけど、むしろ堂々と姿を見せればみんな警戒するんじゃない?)


 ぐわー、レイスだぞー、って感じで街中を闊歩すれば、兵士や王都の騎士団が重い腰を上げるかもしれない。


(でも、外から大軍が来ていることは伝わらない……あ、そういえば)


 まだ探していないところがあったことを思い出す。

 アレンと私の、思い出の場所。


 ファンゲイルの居城と違って、天井をすり抜けることができた。窓から一筋の光が差す屋根裏に上がった。


(懐かしいな)


 そう思うと同時に、胸がきゅっと苦しくなった。

 涙を流せない身体であることを、こんなに恨んだのは初めてだ。


 アレンに会いたい。

 生前と同じように接してもらいたい。随分小さくなったなって笑って欲しい。


(あ、これ……)


 部屋の隅に転がる、金属のコップが目に入った。私とアレンがお揃いで使ってたやつだ。

 壊さないように、ポルターガイストでそっと持ち上げる。たしか鍛冶屋になったタイガンの手作りで……そうそう、底に私たちのイニシャルが入ってるんだよね。


 空中でくるくると回していると、小さな物音が聞こえてきた。


(あれ? だれかいる?)


 ネズミかな?


「セレナ……」


(え?)


 アレンの声だ!!

 コップを放り出して、柱をすり抜けて顔を出した。コップが落ちた音に反応したアレンとばっちり目が合う。


「ま、ままま魔物!?」


「あははははっ」

(アレン! 私だよ!!)


 感動の再会には、ならなかったけれど。

 やっと彼に会えた。

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