第21話 レイニーさん、待って!

 ギフテッド教において、魔物とは絶対悪である。

 ギフトを与える唯一神の庇護から外れた存在であり、各地の魔王が生み出す異形の生物。生物の創造は神の領域であり、それを侵犯する魔王は許してはならないものだ。少なくとも、教義ではそうなっている。


 だから見習い神官ちゃんの対応は、ギフテッド教の神官としては正しい対応だね。

 見方によっては私が男性を襲っているようにも見えるし。


 人間の魂って美味しいのかな、と一瞬でも頭をよぎってしまったのは猛省します。それをやったらいよいよ悪者だよ。


「今助けます! ホーリーレイ」


 私も良く使う、聖属性の光線を放つ魔法だ。聖職者系のギフトは攻撃向きではないけど、聖属性が有効な相手にはこれ以上ない攻撃手段になる。


 当然、ゴーストの私には効果抜群だ。たいへん、消滅しちゃう!


 杖先から直進してくる白い光を慌てて回避する。まだまだ見習いだから、ヒトダマだった時の私くらい細いホーリーレイだ。地面すれすれに屈むことで難なく潜り抜けた。


「お、お助けを!」


 その隙に商人風の男性が走って見習い神官ちゃんの元へ逃げた。


 後ろからついてきた五人くらい神官たちも並んで杖を構えた。

 みんなして目の敵にしないでよ。みんな知ってる顔だから悲しくなってくる。私は聖女セレナではなく魔物になったんだということを否応なく突きつけられた。


(でも、ファンゲイルのことを伝えるチャンス!)


 いまだに笑うことしかできないからジェスチャーで頑張ろう。

 レイニーさんならきっと分かってくれるはず。だから杖降ろして欲しいなー?


「何をしているのですか」


 噂をすれば影。生前に何度も聞いたレイニーさんの声だ。


 ぱっと顔を上げて姿を探すと、彼らの後ろに馬車が見えた。街道を移動していたのだろうか。

 杖を構えて今にも私を消滅せんとする神官たちが、レイニーさんの声で手を止めた。

 一段と豪奢な馬車からレイニーさんが降りてくる。皇国でも高い地位にある枢機卿の彼女は、純白の法衣を翻して前に出た。


「魔物に襲われていた男性を保護したところです」


「さようですか」


 見習い神官ちゃんが凛とした表情で答えた。


(あれ、なんか馬車多くない?)


 神官たちに気を取られ気づかなかったけど、彼らの後ろにはぞろぞろと馬車が続いていた。

 ちょっと隣町へ、なんていう雰囲気じゃない。見えているだけでも十台以上で、最後尾が見えないほどだ。一台に四人乗ったとして……それこそ、王国に常駐していた神官のほとんどが乗ってるんじゃないだろうか。


「でしたら、近隣の町へお送りしましょう。あいにく引き返すわけにもいきませんので、通り道にある町になりますが」


 慈愛に満ちた表情で手を差し伸べる。

 結界がなければ、不死の森に近いこの街道は安全ではなくなる。彼がどこを目指していたのかは不明だが、結界を主体に高い戦闘能力も持つ彼女たちに護衛してもらえるなら、その方がいい。


「あ、ありがとうございます!」


「サナさん、空いている馬車にお連れしてください」


「はい」


 見習い神官ちゃんによって、手際よく男性が救助される。

 まあ、無事でよかったよ、うん。助けたの私だけどね!


「それにしても街道まで魔物が溢れているとは……思ったより事態は深刻なようですね」


 そう思うなら結界を張れば良いと思うんだけど、レイニーさんたちはここで何をしているんだろう。

 神官ほぼ全員を連れて大所帯で街道を移動するって、まるで――


「私たちに被害が出る前にこの国を出なくては」


 王国から逃げようとしているみたいではないか。


「急ぎましょう。もうこの国に用事はありません」


(どういうことなの!? 今こそ、神官が頑張らなきゃいけないのに!)


 魔物討伐のプロは冒険者だ。王国の安全は彼らが守っていると言っても過言ではない。

 でも、対アンデット系に関しては聖属性を扱える神官以上の適任はいない。『不死の魔王』ファンゲイルと戦うためにはギフテッド教の協力は不可欠だ。


「あはは!」

(レイニーさん待って!)


 なんとかして伝えないと!

 きっとレイニーさんは知らないんだ。彼女が王国に来たのは私が聖女として王宮入りしてからだもんね。孤児院から離れたくない私のわがままで王国に残って、そのお目付け役として派遣されてきたので、ファンゲイルの侵攻があったことを認識していないに違いない。


 なんとかして伝えないと。そして共闘して魔王を倒すんだ。


「ああ、まだゴーストがいましたか」


 短い手をぶんぶん振って近づくと、塵芥でも見るような目を向けられた。ゴーストが出ると気温が下がる、なんて言われるけど、彼女の視線は背筋が凍りつく冷たいそれだ。


 レイニーさんは両手のひらを胸の前で合わせて、指で円を作った。

 何度か見たことがある。『枢機卿』だけが使える、攻撃魔法。


「民に救いを。魔に滅びを。ジャッジメントホーリー」


 自分の魔力を支点に光線を飛ばすホーリーレイとは違い、詠唱によって空から浄化の光を落とす。まるで雷だ。天の裁きとも言われる高い威力を誇る光の柱が私を襲う。


 逃げ場はない。見てから避けられるような速度ではないのだ。太陽の光を避けることができないように、ジャッジメントホーリーは魔物を確実に消し去る。


「さて、先を急ぎましょう」

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