第19話 脱出!

(脱出!)


 『不死の魔王』ファンゲイルが居城としている砦を死に物狂いで抜け出した私は、森の中に身を隠していた。


 霊体であり常に宙に浮いているゴーストなのだけど、壁を抜けるとなぜか一階分落下した。重力の影響はないはずなのに、空を飛ぶことができないのだ。理由はよく分からない。


(うう、追ってくるかな?)


 最後のファンゲイルは、完全に私を殺す気だった気がする。

 ホーリーレイを使った瞬間、彼の声は殺気に満ちていた。おそらく、私が聖女であることに感づいたんだと思う。

 ホーリーレイは聖属性の魔法としては珍しいものではなく、『聖職者』やその上位である『枢機卿』など、他のギフト持ちでも使用することはできる。だが、彼は強力なギフトであると予測していたし、聖女の結界が消失したことと私が現れたタイミングから、関連があると考えてもおかしくない。


 確信には至らないかもしれないが、完全にマークされたと思った方がいいね。

 得られた情報と正体がバレたこと、天秤はどちらに傾くか……。うーん、考えても仕方ないから、まずはこれで良かったと思おう!


(えっと、門は王国側に向いていたはずだから……)


 隣国との国境沿いに広がる広大な森に作られた砦は、門を王国側、攻撃をする正面を隣国側に向けているはずだ。直接見たことはなかったけど、そういう話を聞いたことがある。国境の警備や哨戒を行い、戦争が起これば兵の拠点となるはずの場所だったから、砦としての機能を有しているはずだ。


 軍事については詳しくないけど、わざわざ森の中に建てられたのは、森を抜けて王国へ進軍する際に最も歩きやすい道だったからだ。

 門を出て真っすぐ進めば、そう遠くない場所に出られると思う。


(普通なら迷うところだけど、私に障害物は関係ないからね!)


 木でも岩でも、進行ルートにある障害物は全て無視できる。迂回しなくてもすり抜けられるから、直線で移動できるのだ。


(追手が来る前に逃げないと)


 目指せ、孤児院!

 結界が消えて魔物の侵入が増えたら、レイニーさんたちだけじゃ抑えられない。本格的な侵攻が始まる前に王国に着かないと。


 孤児院にはアレンや子供たちがいる。優しいけど時には厳しいシスターや、幼少期を過ごした街がある。既に孤児院を出ていったお兄ちゃんお姉ちゃんたちも、あの国で暮らしているんだ。


 私が守らないといけない。ファンゲイルと直接会って、再認識した。彼は目的のためには、王国を滅ぼすことも辞さない。人間のような姿をしていても、彼は魔王なのだ。

 そして、それを容易く可能にする戦力もある。数もさることながら、ゴズメズと門番スケルトンは強すぎる。生前の私でも倒しきることはできなかっただろう。せいぜい、聖結界で侵入を防ぐだけで精一杯だ。


 他にも戦力を保有しているような口ぶりだった。

 自惚れかもしれないけど、聖女なしで守り切れるとは思えない。


(私が行かないと。もう死んでるとか、王子がムカつくとか関係ない)


 自分が死んだことに対しては、あーあ、死んじゃったな、くらいにしか思っていなかった。元より、王宮の生活は楽しいものではなかった。貴族たちには疎まれ、すれ違えばあからさまに侮蔑の視線を向けられる。レイニーさんたちは優しくしてくれるけど、友人はいなかった。


 だから、処刑される瞬間まで涙一つ流れなかった。王子たちはつまらなそうにしていたけど、それくらい自分のことに興味がなかったのだ。


 でも、死霊になって初めて気が付いた。

 私にとって、一番大切なのは孤児院の皆だったんだ。たぶん、彼らを守るためにこの身体になったのだと思う。私にはまだやるべきことがある。


(魂を集めて、レベルも上げないとね。進化しないと、あいつらには勝てない)


 王国を守る。ゴズメズを倒して、ファンゲイルも倒す。

 難しかったら他の方法も考えるけど、皆で協力すればきっとできる!



(ううぉおおお! やるぞー!)


 とりあえずすれ違ったゴーストをパクリと食べた。うーん、ゴースト美味しい!

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