第18話 ex.それぞれの対応
孤児院で聖女とともに育ったアレンは、王都の外れで枢機卿レイニーと相対していた。
沈痛な面持ちで目を伏せるレイニーに対して、アレンの表情は決意で満ちていた。
「本当に、よろしいのですね」
レイニーに呼び出され、皇国への亡命を提案されてから一日が経った。翌朝の出発ギリギリまで結論を待って貰ったのだ。
「ああ。この国を見捨てたら、あいつが死んだ意味がなくなっちゃうからな」
「あなたが息災であることが、何よりも聖女様の願いだと思いますが……」
この問答は幾度となく繰り返されたものだ。
無論、本当に魔物が攻めてくる保証はない。結界がなくなり魔物被害が増えることは間違いないが、今すぐ滅びるという話ではないだろう、とレイニーは考えていた。
だが愚かにも聖女を処刑した国に未来などない。ならば、彼女の家族は助けたい。アレンは何度もその説得を聞いたが、それでも決意は揺るがなかった。
「妹と弟をよろしく……お願いします」
ぎごちない言葉遣いで頭を下げた。
「神に誓ってお守りしましょう」
もっとも、アレンは孤児院で面倒を見ていた三人の子どもたちまで、己の我がままに付き合わせる気はなかった。アレンにとって、そして聖女にとっても三人は大切な家族だ。危険に晒すのは本位でない。
よって、子どもたちとシスターは皇国に預けることにしたのだ。レイニーの言葉に甘える形になる。
「あなたのことも、いつでも受け入れる準備はしておきます。命の危機を感じたら、いつでも皇国に」
アレンが王国に残ったとして、何かできるだろうか。
彼はギフトもなければ、冒険者や兵士のように戦う術を持っているわけではない。彼が残ったとしても、魔物を打倒しうる力はない。
だが彼は王都に多くの知り合いがいる。今でこそ五人で暮らしている孤児院であるが、幼少期を孤児院で過ごし一人前となって巣立っていった者たちは多くいる。アレンは彼らを見捨てることなどできなかったし、事情を伝えてともに立ち向かうつもりでいた。
「この国はあいつが育ち、守り、死んだ国だ。俺も死ぬときはこの国で死ぬ」
「それが、聖女様を殺した者のせいであっても?」
「ああ。それにこの国にいれば……あいつが戻ってくるような気がして」
アレンのその言葉に、レイニーは何も返さない。
ただ小さく息を吐いて、踵を返した。出発の準備はできている。後は馬車に乗り込むだけだ。
「ありがとうございました」
アレンの行動は、意味のないことかもしれない。それは本人も重々承知だ。
それでも、国を離れるという決断はできなかった。
ここは、聖女と育った国だから。
第一王子セインは、次々にやってくる部下から報告を受けていた。
国王が病で表に出なくなって数年、政治的にも軍事的にも彼が最終的な決定権を握っていた。支配していると言い換えてもいい。
ここまでの地位に上がるまで、決して楽な道のりではなかった。
王位継承権を持つ王子と言えど、国内に敵は多い。また明確に敵でなくとも、崩御する前から実権を握ることに反対する重鎮も多くいた。
彼はその全てを、権謀術数の果てに退けてきた。権力を握るためならなんでもした。政敵を暗殺し、人質を取って有力貴族を従わせ、不都合があれば揉み消した。
一つ間違えば自らを追い詰めるような策で、薄氷の上を歩きながらも全てをやり遂げた。彼は政戦に長けていた。
そしてついには、王宮内でセインに逆らうものはいなくなった。
「くそっ、あの忌々しい聖女がいなければ」
ギフテッド教会を除いては。
王国内に支部を構えていても、厳密には皇国に所属しているギフテッド教に対しては、彼の権力も届かなかった。枢機卿レイニーは切れ者で、彼の手練手管を歯牙にもかけなかったのだ。
だから、彼女が王都を離れている隙を狙って聖女の首にギロチンを落とした。
「あと一歩だったのに……」
「あの、王子様?」
「聞いている! 続けろ」
「はっ。近隣の街ではスケルトンの目撃報告が先月の十倍にまで増えております。現在冒険者を中心に対応に当たらせておりますが、既に現場からは限界だと……」
「兵士ならいくらでもいるだろう。スケルトンごときに何をてこずっている」
苛立ちを隠さず足を上下に震わせるセインを前に、報告に来た騎士は無言で頭を垂れた。
ようやくここまで来たのだ。
聖女を擁することで態度を肥大化させていたギフテッド教を牽制し、王国貴族から聖女を輩出することで彼らをも取り込む。そして爵位こそ高くないが資産を多く持つ有力な貴族を、聖女の実家ということで重用する。全て、セインの思い通りに行くはずだった。
「おい、アザレア! お前は聖女だろう!? なんとかしろ」
「なんとかってなんですの! 聖女なんてお飾りだから何もしなくていいとおっしゃったではありませんか!」
アザレアは取り立てて器量の良い女性ではなかったが、元聖女を手籠めに出来なかった腹いせに妾にした。ただ聖女という存在を自分のものにしたかっただけだ。
「ちっ。だが、所詮魔物など王国の敵ではない。枢機卿は滅ぶなどと抜かしていたが、大げさに言っているだけだろう。全て返り討ちにし、ついでに皇国も裏切った罪で征服しよう。俺にはそれができる」
彼は、未だに気が付いていなかった。
否、目を逸らしているだけかもしれない。
己が致命的なミスを犯したことに。
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