第17話 う、動け――

(う、動け――)


 る。え? 全然動ける。

 操られている感じもない。闇属性の魔力は変わらず私の中に入り込んでくるけど、聖属性の魔力がそれを打ち消している。魔法自体は発動しているようで、ファンゲイルは相殺されていることに気が付いていない。


 聖属性は闇に対して優位に立てるから、効かないみたい。なんで死霊の私は大丈夫なんだろう。


「これでよし、と。じゃあゆっくり聞かせてもらおうかな」


 ファンゲイルが私を閉じ込める魔法結界を解除した。魔法の効果に絶対の自信があるのだろう。ソウルドミネイトが掛かっていると信じて疑わない。


 まだ動かない。今動いてしまえば逃げ切る前にまた結界を張られる。動けないフリをして、その場で固まった。

 ファンゲイルは青白く生気のない顔をほころばせて、ゆっくり玉座に戻った。

 無機質な石壁を背に目で追う。元は会議室か何かだったのかもしれない。魔王仕様に設えられた部屋は、ただでさえ広いのに三人と私しかいないので閑散としている。


「こっちにおいで」


 優しい声音だ。ともすれば無邪気な少年のようにも聞こえる声だが、実年齢は窺い知れない。

 ファンゲイルの内から溢れる禍々しい魔力が、人間ではないことを如実に語っていた。闇の魔力は魔物しか持たないからね。


(はい)


 私はすーっと空中を泳いで、部屋の中央、ファンゲイルの正面に移動する。壁から離れると逃げ道が遠くなるんだけど、彼が杖を手放すまでは逃亡は難しい。


(その骨の子は、あなたの恋人?)


「恋人……なのかな。僕の一番大切な人だよ」


(ふーん)


 魂も入っていない骨が一番大切だなんて、少し気味が悪い。自然と魂の有無を判断基準にしたあたり、私も死霊の考え方になってるね。

 もしくは、大切な人の死体なのかもしれない。それでもなかなか猟奇的だ。


「ゴズ、メズ。もう戻っていいよ。僕はこの子と話したいんだ」


「うむ、承知いたした」


「……そのゴーストは普通ではないようです。万が一ということも」


「普通じゃないから捕まえたんじゃないか。いいから行きなよ」


 ファンゲイルは反論されるとすぐイライラするね。

 王宮にもいたなぁ。王子と同じタイプかも。自分の思い通りにならないとすぐ怒るんだよね。まあ王子の場合はもっと酷くて、取り巻きの貴族がちょっとでも忠言しようものなら烈火のごとく怒鳴り散らしていた。機嫌を損ねれば領地や財産を取り上げられるから、いつからか王子に文句を言う人はいなくなり、胡麻をする人だけが残ったんだよね。


 王様がまだ元気だったら私も処刑されずに済んだのかなぁ。

 大臣や宰相をしていた現王派の貴族たちも、処刑とまではいかないけど弱みを握られ地方に飛ばされていったんだよね。王様が病に倒れてから、王子はやりたい放題だ。


 それと比べれば、ファンゲイルは一応メズの話も聞いているみたいだし、脅すだけで本当にアンデットにしたわけでもない。うん、比較対象がクズすぎた。


「……かしこまりました。失礼いたします」


 ゴズメズが部屋から出ていき、私とファンゲイルだけが残された。

 彼は抱きかかえる人骨に頬を寄せ、頭を撫でた。恋人同士のようなやり取りに寒気が走る。怖いよ……。


「やっとゆっくり話せるね。君みたいに意識のはっきりしたゴーストは初めて会うから、興味深々だよ」


(あなたは不死の魔王ファンゲイル?)


「うん。こう見えても五百年は生きてる。不死の名は僕自身が不死であり、不死の軍団を持つから付けられたんだ」


(へえー)


 王国では知りえない情報だった。

 『不死の魔王』ファンゲイルという存在を知ったのも、他国から王国に移動したという知らせを受けた時に聞いただけだという。彼は一度もその姿を見せることはなく、アンデット系の魔物を送り込み続けた。


「僕もいっぱい聞きたいことがあるんだ。最初はヒトダマだったの? それとも生まれた時からゴースト?」


(最初はヒトダマだったよ)


「そのころから意識はあった?」


(うん)


「すごい、すごいよ! それが再現できれば、死者の復活だってできるかもしれない!」


 ファンゲイルは興奮して立ち上がり目を輝かせた。研究者気質なのかな。

 さっきから話している感じ、全然悪党には見えないんだよなぁ。とても私欲のために王国を滅ぼそうとしている人には見えない。

 まあ人間が躊躇いなく魔物を殺すように、魔物からしたら人間なんて敵でしかないのかも。


「じゃあずっと進化してきたんだ。やっぱりソウルドレインで魂集めたの?」


(そうだよ)


「ふむふむ。いやー、高位の死霊でも、ヒトダマだったころの事なんて誰も覚えてないからね。貴重な話だよ」


 いくつかヒトダマに生まれ変わった後のことを聞かれたので、素直に答える。オニビになりキツネビになったこと。

 ファンゲイルはそれを楽しそうに聞いていた。


(死霊が好きなの?)


「好きかどうか……うーん、難しいな。目的のために始めた研究だったけど、今じゃ結構好きかも。君のことも大切にするから安心してね」


(研究をするために王国を襲うの?)


「ちょっと違うけど、そんな感じだよ」


 私から結構質問しているけど、不審がられたりはしてないね。闇の魔力は身体の制御を奪おうとはしてくるけど、思考には最初から影響なかったから会話自体は普通にするつもりだったのだろう。

 もしかしたら自白させる効果くらいはあるかもしれないけど。


「そういえば、結局君のギフトについては聞いていなかったね」


 忘れていてくれて良かったですよ。

 とは当然言えないので、頭を捻って何とか口を開いた。口から声出してるわけじゃないけど。


(ギフトなんてなかったよ)


「本当に? ――ソウルドミネイト」


(うん)


「ふーん。じゃあ別の原因かもな」


 ソウルドミネイトが有効だったら、王国の皆を助けることができずここで殺されていただろう。命は助かっても、彼の仲間にされていたに違いない。つくづく危ない橋を渡っていたんだな、と実感する。


 これが攻撃魔法であったら、結界なしでは防げなかっただろう。内面に作用する複雑な魔法だったからこそ、内部の聖魔力で相殺できた。


「君が生まれたのは東の養殖場だよね? 調べれば何か出てくるかな」


 そう言って彼は、杖を立てかけて骨を両腕で抱いた。

 ――今だ!


「は?」


 私はその瞬間、踵を返して窓がある壁に向かって走った。足はないけど、気分的に全力疾走だ。


「効いてなかった!? まさか」


 背後で杖を取った音がする。一拍遅れて、目の前に魔法結界が現れた。

 私は即座に聖魔力を練り上げて、前方に射出する。


(ホーリーレイ)


 闇魔力から創り出された結界は光線によって呆気なく貫かれ、私が通れるくらいの穴をあけた。


「あっそ。そういうこと」


 低く、憎しみの籠った声だった。ついさっきまでの明るい声はどこにいったのか、今あるのは純粋な殺意だけ。


「アイシクルショット」


(聖結界)


 高速で飛来する氷の弾丸を、物理と魔法両方を防ぐ結界を張ることで防いだ。

 よし、行ける!


 魔王との最初の邂逅は、九死に一生を得て逃げ伸びることができた。

 情報も手に入ったし、結果良ければ全てよし、ってね!

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