第16話 私は変な子らしい
「意識を……? ファンゲイル様、どういうことですか?」
焦る私をよそに、メズが疑問を口にした。ゴズはこういった場面では口を出さないことにしているようで、斧を構えたまま無言で私を見据えている。
対して、頭蓋骨のような意匠の入った身の丈ほどの杖で身体を支えるファンゲイルに敵意はなかった。あるのは純粋な好奇心だ。
「ヒトダマっていうのは身体から抜けた魂が魔物化したものなんだよね。僕の場合は術式で故意に魔物化してるわけだけど、魂と記憶は関係ないからね、普通は意識なんて残らないんだ」
「しかし、アンデットでも高位の魔物だと話したり意思があったりするではありませんか」
「あれはアンデットになってから芽生えたものだよ。人間の中じゃ生前の未練がどうとかっていう話もあるけど、関係ない」
おお、やっぱり高位になれば話せるんだ。
今のところ笑い声しか出せないが、希望が見いだせた気がする。それもこの場を切り抜けないことには始まらないけど。
「そもそも魂っていうのは人間だけに限らず、全ての生物が持ってるんだ。そして、それらに貴賤はなく、まったく同じ強度の魂なんだよね。だから皆等しくヒトダマにできるし、進化すれば人型にも獣型にもなれる。魂なんて生物の核でしかなくて、記憶や意思は全て肉体にあるからね。ただし唯一の例外が、人間だけに与えられる『ギフト』だ」
『不死の魔王』ファンゲイルは、魔物の王というより研究者のような男だった。
実際、アンデットについては誰よりも知識を持っているのだろう。暴虐無人で人間を殺す凶悪な魔王、という抱いていたイメージとはかけ離れていた。物腰は穏やかで、理知的だ。見た目にも人間にしか見えない。
もっとも、片腕に人骨を抱いていなければ、の話だが。
「ギフトについては僕もあまり分かっていないけれど、簡単に言うと魂に刻み込まれるものなんだ。それも死ぬときに消滅することがほとんどなんだけど、たまにギフトを残したまま魂が抜けることがある。そういう魂は死霊になってもギフトを使える場合があって、僕も重宝しているんだけど」
話している間も、ファンゲイルは私から目を離さない。メズとの会話に夢中になっている隙にこっそり移動しようとしたら、箱型に作られた結界に閉じ込められた。
(いやだ! 出して!)
「ギフトが残ると、意識も魂に残るのですか?」
「ううん、そんな事例は今までなかったよ。でも、可能性が高いのはそれかなって」
手で叩いても突進してみても、結界はびくともしない。
生前の私だったら突破できただろうか。間近で見てみると、これは魔法障壁で物質を遮断する効果はない。しかし魔法生命体の私にとっては、難攻不落の檻だった。
アンデットを生み出すのも、ファンゲイルの魔法か。そう考えると、彼は魔導士なのかもしれない。杖も持ってるしね。
「さて、君のギフトは何かな?」
(……知らない)
「ふーん、しらばっくれるんだ」
言えない。聖女なんて。
彼の目的を数年間に渡って妨害し続けた張本人なのだから、素直に告げたら殺されるに決まってる!
孤児院を守るために最終的には魔王と事を構えるつもりだったけど、今から突然戦うのはあまりに無謀だ。せめてもっと進化してからじゃないと話にならない。
(それより、なんで王国を攻撃するの?)
「何、君あの国の人? 教えないよ」
ファンゲイルがすっと目を細めた。
若干苛立ったように、杖の石突で床を鳴らして一歩近づく。
むむ、どうしよう。今までは好調だった行き当たりばったりの性格が災いしている。
もともと後先考えるのは得意じゃないんだ。でも行く当てもなかったし、砦にやってきたのは間違いじゃなかったと思う。ここからなら王国の方向もなんとなく分かるし、戦力もある程度掴めた。レイニーさんに会えれば状況を伝えることができる。
だがそれも無事逃げおおせたらの話だ。
「答える気がないならそれでもいいよ。アンデットは僕に逆らえないから、無理やり聞くとするよ――ソウルドミネイト」
ファンゲイルは杖をかざして小さく呟いた。杖についたドクロの瞳が怪しく光る。
聖属性以外の魔力を知覚するのは苦手だけど、彼の放った魔力が私の身体に降りかかるのがはっきりわかった。
「知ってる? アンデットは肉体との結びつきが弱かったり、そもそも肉体がなかったりするから、魂に直接作用する効果に弱いんだよ。この魔法はそんなアンデットを完全に支配する」
私の身体を彼の魔力が包み込んだ。泥沼の中に落ちたかと錯覚するほど重く、まとわりつく闇の魔力だ。神秘的で春風のような聖属性の魔力とは正反対で、気分が悪い。
「君はなかなか面白い子みたいだからね。研究が終わったら仲間にしてあげるよ」
(やだ、なにこれ。う、動け――)
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