第15話 見逃してくれませんかー? 無理ですかー?
ファンゲイルがちらりとこちらに視線を向けた瞬間、槍が飛んできた。メズが恐ろしい反応速度で投擲したのだ。
ガチャンという音がして燭台が倒れる。物質は透過するのでダメージはないけど、姿を隠していたものがなくなり、完全に露わになった。
「ゴースト? まさかあの時の!?」
ゴズが立ち上がり斧を構えた。
ファンゲイルは興味深そうに口角を上げるだけで、変わらず骨に身を寄せている。
(見つかった! 逃げよう!)
あらかじめ決めていた通り、壁から脱出することにする。
(ふぎゃっ)
しかし、何かに阻まれて通り抜けることができなかった。こっちから来たのに、なんで!?
「逃がさないよ」
ファンゲイルがいつのまにか杖を手にし、掲げていた。彼も結界術を使えるようだ。聖属性の魔力は感じないから、私とは違う方法みたいだね。何の属性かは分からない。
「あはっ、盗み聞きしていたのかな? ゴーストとは思えない知能だね」
「あははは」
笑ってくれたので笑い返した。喋れないからね。
それにしても、まずい状況だ。
相手はアンデット大好きな変態魔王とBランクの手練れ二人。
かたや、私はいたいけなゴーストちゃん。まず勝ち目がない。
相手は即座に結界を張ることのできる使い手だ。無論、彼の手札はそれだけではないはず。彼自身が戦わずとも、ゴズメズやスケルトンたちを大勢けしかけられれば為す術がない。
ちょっと様子を見てみよう、なんて気持ちで入って来たのは迂闊だったと言わざるを得ないね。ゴーストになって多少魔力が増えたことだし、いざとなればホーリーレイと結界を使いまくれば逃げることくらいはできるだろうか。
「ファンゲイル様、私が捕まえます」
「いいや、僕がやるよ。こんなゴーストは初めてだ」
ファンゲイルの言葉にメズは大人しく引き下がった。
彼は玉座から立ち上がって……って、骨も持ってくるの!? 左腕でぬいぐるみのように抱えた人骨は、振動で足を揺らしている。右手に持った身の丈ほどの杖は油断なく私に向けられていた。
(見逃してくれませんかー? 無理ですかー?)
手をばたつかせて必死にアピールするけど、ファンゲイルはニヤニヤするだけで取り合ってくれない。
こうなったら結界をこじ開けるしかない。
あの速度で結界を張れるんだから、どっちに逃げても結界に阻まれるはずだ。ホーリーレイで割れるといいな。
アンデットの魔王だから、聖属性が弱点だよね、という希望的観測です。
「見逃さないよ。無理だね」
(ん? 聞こえてます?)
「聞こえてるよ」
「ファンゲイル様、ゴーストと話せるんですか?」
「いや、普通はゴーストに意思なんてないんだけど、あの子は特別みたいだね。ゴーストの声なんて楽しい、かお腹空いた、しか聞いたことないよ。上位のスケルトンとかだと、喋れなくても心の声ははっきり聞こえるんだ」
なんと。アンデットを創り、操る魔王は声に出さなくても考えが伝わるらしい。
私はヒトダマの時から生前の記憶と意識がはっきりしていたけど、レアケースだったみたい。
「さて、君が何者か聞いてもいいかな? 大丈夫、悪いようにはしないよ。アンデットには優しいんだ、僕」
ファンゲイルは少年のような無邪気な顔で問いかけてくる。言葉の通り敵意は感じられないけど、私が聖女だったと知ったらどうなるだろうか。
彼を説得して侵攻を止められるならいい。だけど、十年近く王国を攻め続ける理由があるようだった。となればたとえ軍門に下ったとしても、孤児院を助けられない可能性が高い。
それはダメだ。私はアレンと約束したんだから。二人で孤児院を守ろうって。
「僕と話すにはね、心の中で強く念じればいいよ。技術的なことを言えば、魂の波長を発するんだ」
思考全てが垂れ流しというわけではないらしい。
(私は悪いゴーストじゃないよ!)
「あはっ、なにそれ。ゴーストに良いも悪いもないでしょ。話せるってことは、元人間なのかな?」
(うん、そうだよ)
極悪非道の魔王、という聖女時代に抱いていたイメージとはかけ離れた雰囲気に少し困惑する。彼は見た目上人間と変わらないし、口調も穏やかだ。
私が魔物だからなのかもしれない。今のところ、身の危険は感じなかった。ゴズメズも私の声が聞こえないからか大人しくしている。
だったらすることは一つ。情報収集だ。
「意識を保ったままゴーストになるなんて……相当強いギフトでも持っていたのかな」
ファンゲイルは静かに核心をついてきた。
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