第9話 あはははは

 キツネビ生活は、たった一日で終わりを告げた。

 そりゃそうだ。オニビの時より強くなっているのに、進化条件レベルは変わらないんだから。


 見渡す限りのスケルトンを倒して、この森もちょっとは景色良くなったかな。

 ヒトダマになってから約一週間。霊体の身体にも慣れ、洞窟周辺の生活を謳歌していた。眠る必要はないけど、ずっと動き回っていると疲れるので洞窟で休む。


(たぶんあと数匹倒したら進化できるんだよねー)


 ウィル・オ・ウィスプとゴースト。どちらに進化するかは、ほとんど悩まずに決まった。


 ウィスプはオニビやキツネビと似たような、火の玉だったと思う。人間を好んで襲うので、年に数件は被害が出るのだ。

 ゴーストは丸いものに白いシーツを被せたような見た目で、風もないのに裾がひらひらと揺れる。夜な夜な人の前に現れて驚かせてケラケラ笑う。


 私が選ぶのはゴーストだ。

 このまま火の玉方面に進んでいっても、炎が強くなるだけな気がする。

 笑い声をあげられるくらいだから、ゴーストなら喋れるかもしれない!


『進化条件を達成いたしました。ゴーストへの進化を開始いたします』


 短いキツネビ生活だった。

 半透明の白シーツ姿になり、めらめら立ち上っていた尻尾がなくなった。


 身体も人間の赤ちゃんくらいの大きさになって、形もはっきりしてきたね。ゆらゆらと朧げだった半透明の身体は、少し透けてるけど輪郭は分かる。


(しかも手がある! かわいい!)


 手と言っても、左右に二か所ちょこんと出っ張りがあるだけだ。それでも自分の意思で動かせる部分があることに軽く感動した。物を掴んだりはできない。オバケだからね。

 それと、顔のような模様がある。ぎざぎざした口に、淡く光る目が二つ。結構この見た目好きかも。


(口があるってことは、ついに喋れるかも?)


 うしし、ついに人間に近づいてきたぞ。

 あれ? 私べつに人間に戻りたいわけではないな。死霊生活、充実してるし。毎日のんびり魂食べてるだけでいいから、人間で聖女していた時より楽しい。


(魔物になると精神も魔物になるのかなー。孤児院の皆を助けたら、森に引きこもりたい)


 でも魔王による侵略の時は、刻一刻と近づいている。

 結界が消えてすぐに侵攻ってことはないだろう。一ヶ月か、二ヶ月か……多少の準備の時を必要とするはずだ。


 それを防ぐために、声は必須である。

 よーし、頑張るぞ。


「ぁ……ぁ……」


 口を大きく開けて、声を出そうとする。喉があるわけでもないのに、掠れた声が出た。


 ゴーストはケラケラ笑い声をあげる魔物だ。笑うだけで害のない不思議な魔物でもある。

 笑う以上は、声が出せるはずなのだ。


「あ……あは」


 霊魂になってすぐに移動の仕方を認識しスキルを発動できたように、初めてなのに自然と声の出し方が分かった。

 生まれ変わってからの第一声だ。


「あははっ、あははははっ」


 なんで笑い声!?


「うふふ、あはは」


 発声のやり方を変えたり、体勢を変えてひっくり返ったりしても笑うことしかできない。

 ちょっと声のトーンや笑い方が変わるくらいだ。どう頑張っても言葉になることはなかった。


(うう、なんでー? 神託)


 試しに神託をお願いしてみると、その原因が判明した。

 ゴーストになって獲得した、『ケラケラ』という種族スキルだ。ゴーストの場合は攻撃をするようなスキルではなく、ただ笑うだけのスキルだった。


(えええ、じゃあ喋れるようになったわけじゃなくて、笑い声をスキルによって出すことができるだけってこと!?)


 なんて意味のないスキルなんだ。拍子抜けである。

 見た目と一緒でとても可愛らしいのは女の子としては嬉しいけど、それじゃ意味ない。


 でも、今までは笑うこともできなかったから、ちょっと進歩したのかな?

 この調子で進化していけば、必ず話せるようになるはず!


(あれ……? 進化先候補が出ない)


 いつもなら神託の時に一緒に教えてくれた進化先候補が、今回はなかった。


(もしかして進化終わり!?)


 これ以上は進化しないということだろうか。

 いや、まだ諦めるのは早い。スケルトンやゴーストは、必要素材を手にするまでは進化先が判明しなかったではないか。


 もしかしたらレベルを上げるだけでは進化できないのかもしれない。

 条件が整ったら、進化できるはず。


(とりあえず、またレベル上げかなー。スケルトンも減って来たし、別のところに向かおう!)


 ただの火の玉から可愛い姿になれてテンションが上がっている私は、そのままの勢いで洞窟を飛び出した。

 移動速度も上がって、なんだか楽しい気分だ。壁をすり抜けられるのは変わらない。

 死霊の身体って最高!


「あははは」


 スキルで笑っていると、だんだん心から笑えてくる。攻撃はできないけど良いスキルだね。

 王子の前に現れて、全力で笑い飛ばしたい。腰抜かすだろうなー。


 上機嫌で外に出た私は、すっかり警戒を忘れていた。


「ゴーストじゃと!?」


「む、珍しいな」


 ヌシを倒しオニビになったあの日、ヒトダマの回収をしに来ていた二人の魔物――牛面のゴズと馬面のメズが、目の前にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る