第5話 ex.聖女処刑への対応

 王宮に併設された礼拝堂は重苦しい空気に包まれていた。


 神官たちは膝をつき、一心不乱に祈りを捧げている。知らせが届いた昨朝から続けており、既に一昼夜が経過している。その間、誰一人として立ち上がる者はいなかった。


 貴族たちからは疎まれていた聖女だが、ギフテッド教内では慕われていた。それは滅多に現れない聖女のギフトを持っているから、という理由だけではない。決して驕らず、怠けず、職務を淡々とこなし皆に明るく接する彼女が好ましく思われていたからだ。名実ともに聖女だ、と近しい者たちは言っていた。


「ああ、聖女様……」


 王宮内で厳しい立場におかれていることは聞き及んでいたし、ギフテッド教として正式に抗議もした。

 だがそれを跳ねのけるばかりか処刑を強行するなど、誰も予想していなかった。


 こんなことなら、さっさとギフテッド皇国に連れ帰るべきだった。聖女のギフトを持つというだけで、この国の貴族よりも良い暮らしができる。生まれ育った孤児院が気がかりなら、全員まとめて引き取る準備もしてあった。


 だが全ては後の祭り。神官たちは後悔の念に押し潰されそうになりながらも、せめて安らかな眠りを願ってひたすらに祈った。


「みなさん、そのままでいいので聞いてください。ギフテッド教は王国から撤退することを決定しました。本国にも連絡済みです。王国に籍を置く方も皇国で受け入れますが、ここに残るか付いてくるかは各々判断してください」


 もっともそんな人はいないでしょうが、と心の中で付け足したのは、聖女に次ぐ地位にあった枢機卿レイニー。

 女性ながら確固たる地位を築き、聖女を側で支え続けた才女だ。四十近くにもなるというのに肌は若々しく、美貌は衰えていない。


 礼拝堂をざっと見渡し、決意を目に宿す神官たちを確認すると、重々しく一度だけ頷いた。

 たったそれだけで、一斉に全員が動き出す。彼らの思いは一つだ。


「レイニー様。例の孤児院へ使いを出す許可を」

「もちろんです。偉大なる聖女様のご家族は、我らの家族と同義。使いではなくあなたが直接迎えにいきなさい」

「かしこまりました」


 王国に長居はできない。

 この国は直に亡びるだろう。聖女が現れるまで、神官三十人分の結界を張ってもなお、魔物の侵攻を抑えきれなかったのだ。聖女の結界が消えたことはすぐに魔王に伝わり、事実確認をしたのち一月以内には侵攻が再開されるはず。


 そうなれば、聖女が人生を賭けて守ろうとした孤児院も被害に合う。それはギフテッド教としても本意ではない。


 その時、礼拝堂の大扉が勢いよく開け放たれた。


「おい! どういうことだ!」


 突然の怒声に、神官たちの動きが止まる。

 焦った様子で飛び込んできたのは、第一王子セインだった。その隣に不遜な態度で立つ子爵令嬢アザレア。


 聖女を処刑した張本人の登場に神官たちが殺気立つ。レイニーが彼らを視線で静止しつつ、すっと前に出た。


「これはセイン王子。いかがなさいましたか?」


「どうしたもこうしたもない! 王国から引き上げるとはどういう了見だ? お前も裁判にかけるぞ!」


「わたくしの身は神に捧げておりますので、王国の法で裁くことはできません。聖女様も同様でしたがこのような扱いをされた以上、王国は盟約を破棄するということでよろしいのでしょう?」


「破棄? 何を言っているんだ。いくら寄付していると思ってる!」


「王国をお守りする対価として頂いていたにすぎません。聖女の結界なしでは魔物を抑えることはできないのですから」


 枢機卿レイニーは口調こそ穏やかだが、内心では怒り狂っていた。当然だ。敬愛する聖女を勝手に処刑されたのだから。

 最も権力を持ち頭も回るレイニーが公務で王宮を離れている間の出来事だった。帰った時には、愛する聖女は冷たくなっていた。否、死体は秘密裏に処理されたため取り返すことすらできなかった。


「聖女だと? ふん、あんな孤児上がりの偽聖女を傀儡にして、ずいぶんデカい顔をしていたものな? 貴様らの思惑などとっくに見抜いていたぞ!」


 隣に控える子爵令嬢アザレアが、意地悪く口角を上げた。

 この王子は本気で言っているのだろうか。レイニーは怒りを通り越して呆れてくる。


「あなたの言葉に耳を貸すつもりはありません。先に裏切ったのはそちらですもの。我々は王国と心中するつもりはございませんので」


「心中?」


「ええ。聖女亡き今、魔王の侵略を防ぐことは不可能ですので」


「聖女ならここにいる! それも血筋の確かな、本物の聖女だ! 汚い平民の血から聖女が現れるなどありえない話だったのだ。それに比べ、アザレアは由緒正しい、完璧な聖女だ。なあ、アザレア」


「もちろんですわ! あんな庶民にできて、わたくしにできないはずがありませんわ!」


 アザレアの返答に、王子は満足げに頷く。

 王子は己の誘いを無碍にした聖女が気にくわなかっただけなのだが、そんなことはおくびにも出さず正当性を主張する。いかに彼が愚鈍であれ、ギフテッド教を手放すのは問題だと理解しているのだ。


「分かったな? 今すぐ撤回し、アザレアの補佐をしろ」


「見習い神官にすら満たない魔力で、よくそんなに自信が持てますね。あなたなど、聖女様の足元にも及びません。これ以上の問答は無意味です。そちらの方が真の聖女だと言うなら、一人でも結界は張れるはずです。我々は必要ありませんね」


 話は終わり、とレイニーは法衣を翻して振り返った。


 ギフテッド教は王国の国教として指定され礼拝堂を構えてはいるが、所属は皇国である。王国の王子に命令権はない。

 良好な関係を築いている内は多少のお願いを聞き入れることはあるが、この状況では土台無理な話である。


「おい! 俺は第一王子だぞ!」


「ちょっと、一人で結界なんて無理ですわ! 聖女なんてニコニコ座っているだけのお飾りじゃなかったんですの!?」


 なおも叫び続ける二人を神官たちが追い出し、扉を閉めた。

 これ以上無駄な時間を続ける必要はない。近日中に王国を出るために、準備をしなければならないのだから。

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