第4話 みなぎってきたぁああ
(ついにレベルが十になる!)
ヌシを倒し、そのままの勢いで部屋中のヒトダマを食べつくした私は、ついに進化条件のレベルに達した。
わくわくしながら進化の時を待つ。
何を隠そう、私は魔物の生態に興味津々なのだ。
聖女として魔物の駆除に携わるようになってから、普通の動物とは似て非なる生き物である魔物に興味を持ち始めた。
魔物は子を産まない。あらゆる魔物は『魔王』と呼ばれる最強種が生み出すとされている。
魔王とは絶対的な力を持ち魔物を生み出す能力を持つ魔物の総称で、王国の近くの森にも一体住んでいた。
どのようにして魔物を創り出すのか。そして、どのように進化するのか。
聖女として表立ってはできないけど、こっそり魔物を観察したりしたものだ。
『進化条件を達成しました。種族名:オニビへの進化を開始します』
(天使の声!? きたきたー!)
ずっと静かに暮らしていて鬱屈していた分、ヒトダマになってなんか吹っ切れた気がする。いつになく元気だ。
これが俗世から解き放たれるということか!
(みなぎってきたぁああああ)
感覚として近いのは魔力の増加だ。
でも、なんか違う。魂の器が広がっていくというか、存在そのものが強化されているというか。
これが進化。
今までの自分とは違う、全能感。例えるなら、子どもからいきなり大人になったくらいの差がある。
『完了いたしました』
天使の声、と呼ばれる、スキルやギフト関連のお知らせをしてくれる声だ。
神託の時とは声が違うことから、神の使いだと言われている。
というか私魔物なんだけど、唯一神様も天使様も普通に教えてくれるんだね。魔物は庇護下にないって話は、もしかしたら間違いなのかも。
まあ考えても分からないことは頭の隅に置いといて、新しくなった身体で水たまりに飛んでいった。
(どれどれ……おお、尻尾? が付いた!)
ただの球体だったのが、蝋燭の火のようになった。動いている間は完全にオタマジャクシだ。空中を泳ぐように進めるから、移動速度が格段に上がった。
停止すると、尻尾は真上に立ちのぼる。オニビという名の通り、空中に浮かぶ火の玉だ。
色も変わった。
白い光だったのが、うっすら赤みがかっている。
(神託)
『お告げ
種族:オニビ(F) LV1
ギフト:聖女
種族スキル:ソウルドレイン 火の息』
『種族系譜
進化先候補
キツネビ(F+) 進化条件:LV20』
種族がオニビになり、『火の息』というスキルが増えている。
(ふむふむ、次は二十まで上げなきゃいけないのね)
手も足も顔もないけど、尻尾が生えたおかげで移動が楽になった!
蝶が飛ぶくらいのスピードは出ていると思う。
楽しくなってきたので、洞窟内を自由に飛び回った。
(進化したから出られるかも!)
ヒトダマだったころは障壁があって閉じ込められていたが、オニビとなった今なら突破できるかもしれない。
出入口とは反対側の壁まで下がって、助走をつけた。
勢いで結界を破壊する戦法である。力任せともいう。
進化して向上した移動能力が、確かな速度を私に与える。
衝突する――と思った瞬間、結界の向こうに気配を感じて急停止した。物質ではないから驚くほどあっさり止まった。
「まったく、ファンゲイル様はなぜ我らにこのような雑用を押し付けたのじゃ」
「
「だがのう、
くぐもった二人の声が聞こえてくる。
(まずい、隠れなきゃ!)
話している言葉は大陸の公用語だ。もしかしたら人間かもしれないし、たまにいる人語を話す高位の魔物かもしれない。
どちらにせよ、戦って勝てる相手ではない。私はさっと振り返って、奥の岩陰に身を隠した。
「なぬ! どういうことじゃ!」
こっそり様子を伺うと、中に入って来たのは二人の男だった。
いや、身体はたしかに人間の男のようだが、頭部は魔物だった。人間の倍以上の体躯に、牛と馬の頭部。それに、流暢に話す公用語。
間違いない。高位の魔物だ。
「なぜ、ヒトダマがほとんどいないのじゃ!」
「牛頭、落ち着け。いないものは仕方ない」
「これが落ち着いていられるか! ファンゲイル様は戦力の増強をお求めなのだぞ!」
「大方、術式に不備でもあったのだ。どれ……ふむ、ヒトダマの作成も結界も問題なく作用しているな」
「当然だ! ファンゲイル様が術式を間違えるわけないじゃろう」
「狭い洞窟内で怒鳴るな。響くだろうが。術式に不備がないとすれば、オニビに進化したのだろうな。前の回収から日が開きすぎたのかもしれぬ。この結界はヒトダマしか防げぬからな」
「たった一週間で進化などするわけないじゃろが! ああ、どうすれば」
「幸い養殖場はここだけではない。他の部屋を当たるぞ」
馬の頭部を持ったメズが、冷静に分析している。その横で、牛の顔で怒るゴズが地団駄を踏んでいる。
(ファンゲイルって……もしかして……)
彼らが口に出した名前に聞き覚えがあった。
かすかな記憶を手繰って、なんとか思い出そうとする。
脳裏におぼろげに浮かび上がってきた可能性が、彼らの次の言葉で鮮明になった。
「戦力増強は急務だ。聖女の結界が消えたのが本当ならば、これ以上ない好機である」
「わかっている!! 行くぞ、馬頭」
(不死の魔王ファンゲイルだ!)
それは、王国近くの森に住み、魔物を使って攻め立てていた魔王の名だった。
何やら会話をしながらゴズメズが外に出ていったからひとまずの危機は去ったけれど、私の心境はそれどころではない。
私が聖女として王宮に行くまで、人々は魔物の脅威に怯えて暮らしていた。戦う体力のある者たちは徴兵され、魔物との戦いに繰り出されていたらしい。私が戦争孤児となったのも、それが原因だ。
それを救ったのが、実感はあまりないけど聖女である私だ。
聖女の作る結界は魔物の侵攻を食い止め、聖域で弱体化させる。その効果は絶大で、王国は安寧を取り戻した。
(私が死んだってことは、魔物の侵攻がまた始まるってこと!?)
物心つく前の話だから、詳しくは知らない。
でも、聖女の結界がなければ敗戦必至の状況だったらしい。
(も、戻らないと! みんなが死んじゃう!)
でも、どうやって?
私は死んだ。今はなぜか意識があるけど、所詮魔物の身だ。
(それに、私を処刑したのが悪いんじゃ?)
そんな思いも浮かぶ。
王子や貴族が死ぬ分には、悪いけど興味ない。残虐に殺してきた相手を慈しむほど、優しくはない。
でも真っ先に死ぬのは市井の者たちだ。権力を持たない民が、最初に魔物の被害に合う。また魔物との戦争が始まれば、徴兵と称して命を搾取されることになる。
そしてその中には、私の幼馴染もいる。婚約者かどうかはこの際置いておいて、孤児院のみんなは私の家族と言っていい存在だ。
(この身体じゃだめだ。せめてもっと進化しないと、魔力が足りない)
今から動いて、助けられるだろうか?
私がいなくても大丈夫じゃない? 死んだ身で頑張る必要ある?
相反する二つの気持ちが、心中で渦巻く。
身体を振ってネガティブな感情を追い出す。
(死んだから俗世のことは関係ないと思ってた。だけど、私はみんなのことを諦められない)
ファンゲイルが侵攻の準備を始めていることは、私だけが知る情報だ。
聖女の力が万全でなくても、それを伝えることができれば、何か策を講じることができる。
(まずはオニビじゃなくて、もっと人間っぽい身体じゃないと。言葉を話せる魔物にならないと、伝えることもできない)
今のまま王国に行っても、魔物として殺されるだけだ。
私の中で目標が定まっていく。
(とにかく進化だ。まずは人型を目指す! そして孤児院の皆を助ける!)
信仰なんてこれっぽっちもしていなかったけど、一応聖女だからね。
ついでに国も救ってあげよう。
あ、偽聖女扱いしてきた王子は絶対許さないから覚悟しておいてね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます