第2話 霊魂になっても弱肉強食かぁ
霊魂――魔物の名称としてはヒトダマと呼ばれているそれは、意思を持たずただ浮遊するだけの存在だ。
私の周りを漂うヒトダマを観察しても、意思のようなものは感じられなかった。
ただ半透明で実態のない霊魂が、そこにあるだけだ。私のように記憶を持って活動している霊魂はいなそうだった。
どういう原理か分からないけど、移動はできた。あっちにいきたい、と思えばゆっくりと、亀の方がまだ早いだろう速度で動くことができた。
場所は洞窟の中だけど、ヒトダマが淡く光を放っているおかげで少し見える。
瞳があるわけじゃないのに、視界は肉体があったころと同じ感じだ。後ろが見たかったら球体をぐるりと回さなければならない。
一見して方向の区別がないヒトダマも、目の位置は固定なようだった。
(ここどこだろう? 広さは礼拝堂くらいかな)
市民の家なら四軒くらいは入る。いびつな円形で、出入口は一か所だけあった。二十をこえるヒトダマがふわふわ浮かんでいるのと湧き水以外は特に何もない。
(おし、良く分からないけどあそこから出てみよう)
私は昔から、行き当たりばったりな性格だった。そして能天気。
聖女というギフトを持っていると判明した時も、深く考えず何とかなるだろうと思っていた。流されるままに王宮に連れて行かれ(と言っても拒否権はなかった)望まれた通りに力を振るった。
孤児院に仕送りをする以外は特に反抗もせず、毎日を無為に過ごした。
そんな私だから、温度も風も感じられない身体になっても焦りはなかった。処刑されるときに全てを諦めたんだと思う。
手も足もないけど、私はゆっくりと歩みを進めていく。
綿毛のように飛ぶヒトダマを眺めていると、驚くべきことが起こった。
大きいのもあれば小さいのもあるヒトダマだけど、それぞれ不規則に動き回っていれば、やがて衝突することもある。
(お、あの二つぶつかりそう)
そう思った時だった。
私から見て右から来た拳大のヒトダマが、人間の頭がすっぽり入りそうな洞窟の中でもひと際大きいヒトダマにぶつかった。
どうなるのだろう、観察していたらすーっと息を吸い込むように、小さいヒトダマが吸い寄せられたのだ。ヒトダマはわずかばかりの抵抗を見せたけど、サイズ差は歴然。そのまま大きいヒトダマの中に吸収されていった。
(食べられちゃった?)
まるでそれは食事だった。
同族を呑み込んだ大きなヒトダマは、心なしか一回り大きくなった気がする。
(うう、霊魂になっても弱肉強食かぁ)
この大きなヒトダマは、他のどのヒトダマと比べても二倍以上大きい。私なんて三分の一以下だ。
たぶん当たったらひとたまりもない。こっそりヌシと名付けたヒトダマから、離れようとする。
でも、私は油断していた。大きいヒトダマはそれだけ移動速度も速かったのだ。
別に私のことを追ってきたとか、そういうわけではないと思う。
私以外のヒトダマには意思は感じられなかったから、ヌシもたまたまこっちに泳いで来ただけだ。でも、何気なく踏み出した一歩が虫を踏みつぶすことがある。
(ふんごぉおおおお)
吸い込まれる! ヌシが近づいてきてすぐに、全身を引っ張られる感覚に襲われた。
例えるなら、四肢に括りつけられた縄を馬が引いたような、引き裂かれる痛みだ。
抵抗は無意味に等しかった。たかが霊魂の塊とはいえ、いやだからこそサイズは絶対だ。
(え、私もう死ぬの!?)
処刑され、気づいたらヒトダマになってた。
第二の人生(?)は、呆気なく終わりそうになっている。
(せっかく自由になったのに!)
そう心の中で叫んでも、捕食は止まらない。
ヌシは私を喰らいつくさんと掴んで離さない。
(いや、待って! ええと……ホーリーレイ)
私は咄嗟に聖女の魔法を使った。
数少ない攻撃魔法だ。聖女は防御や回復がメインだけど、一つだけ聖属性の光線を放つ魔法が使える。
私が生み出した、聖女時代より大分細い光線がヌシに突き刺さった。アンデッド系に高い効果を及ぼす魔法が命中し、ヌシは怯んで私を離した。
(チャンス!)
ギフトは魂に宿るという。
焦ってたまたま発動しただけだけど、聖女の魔法を使えてよかった。
でも、ごっそり魔力がなくなった感覚がある。これは何発も打てないなぁ。
そんなことを考えながら、一目散に逃げ出すのだった。
(出口出口……っと)
こんなところにいたら、いつか殺される!
そう思った私は、一つだけある出入口に向かった。その先がどうなっているかは分からないけど、とにかく逃げるしかない。
人間数人くらいなら並んで通れそうな通路に直進する。
(ふぎゃ!?)
しかし、やっとたどり着いた、という瞬間何かに衝突した。見えない壁のようなものが、私の行く手を阻んでいる。
この感覚には覚えがある。結界や障壁と呼ばれるもので、聖女の魔法でも作れる。
もちろん無敵ではなく一定のダメージで消えてしまうのだが、矮小なヒトダマに過ぎない私には突破不可能だった。
(えええ、閉じ込められてる)
前には見えない壁、後ろには沢山の敵。
大ピンチ。
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