【書籍化】処刑された聖女は死霊となって舞い戻る
緒二葉@書籍4シリーズ
第1話 私、霊魂になってる!
ぼーっとしていた。
いつからこうしているだろう? 何も見えず、何も感じない。時間の感覚もないし、今考えているのだって、うっすらとした意識の中で何とか認識しているだけだ。
でも記憶ははっきりしている。忘れもしない、私の最期の日。
『聖女を詐称し王子を誑かした偽聖女を死刑に処する!!』
形ばかりの裁判だった。
貴族たちや王子の間で予め私の刑は決まっていて、元孤児に過ぎない私の意見が聞き入れられることはなかった。
いや、元はと言えば全てあの女のせいだ。王子の肩にしなだれかかって、勝ち誇った笑みで私を見下ろしていた子爵令嬢を思い出す。
私は聖女だった。
聖女とは神から与えられた『ギフト』だ。十人に一人くらいの割合でギフト持ちの子どもが生まれて来て、その中でも五十年に一人しか生まれないと言われている。
聖女の力は特別で、どれだけすごいかって言うと孤児だった私が王宮で暮らすようになるくらい。
自分ではそんな自覚全然ないんだけど、周りからは救世主だとか国の守り人だとか言われて持ち上げられた。
私はこれも神の導きだと思って、精一杯頑張った。というのは建前。戦争孤児時代にいくら助けを求めたって助けてくれなかった神様なんて信じていないけど、身寄りのない私を立派に育ててくれた孤児院に仕送りを送るために、真面目に働いた。
そんな折だった。王子が私に目を付けたのは。
(まだ十歳の私に言い寄ってきやがって、あの変態)
おっと、王宮では隠していた口調がうっかり出てしまいましたわ。おほほ。
第一王子のセインは、私を側室として迎えようと画策し始めた。私に惚れたというよりは、聖女を手中に収めたかったのだろう。王妃には公爵令嬢がなる予定だったから、私は側室だ。
私はそれを断った。
理由は言わなかった。平民に婚約者がいるなんて言ったら、彼に危険が及ぶと思ったから。
婚約者なんて言っても、同じ孤児院で育って「いつか結婚しよう」なんて軽く言い合っていただけ。何も知らない子ども時代の約束だ。相手が覚えているかも分からない。
王子や貴族からの当たりは強くなったけど、私の待遇はそう変わらなかった。
聖女の力は国にとって必要だったからだ。聖女の張る結界がなければ、年々激しくなる魔物の侵攻を抑えることができない。
私は辛い王宮生活でも、いつか彼と結婚できるのだと信じて耐え続けた。煌びやかなドレスも豪華な食事も、私の心を満たしてはくれなかった。そんなものはいらない。ただ、小さな幸せが欲しかった。
だが、その願いは淡く泡沫となって潰えた。
自らを聖女と名乗る、子爵家の令嬢が現れたせいだ。
私に聖女の力が宿っているのは紛れもない事実だった。でも、王子にとって必要なのは事実ではなかった。
子爵令嬢に、わずかとは言え聖属性のギフトが宿っていたことも状況を悪化させた。貴族たちは由緒正しい血筋から聖女が現れたことに安堵し、私を排斥した。
そこからはまるで元々台本があったかのように事が進んだ。実際、王子が作った筋書きだったのだろう。元孤児に過ぎない私の首には、とんとん拍子でギロチンが迫り、落とされた。
(でも何で意識があるんだろ)
私は間違いなく死んだ。王子や貴族たちから嘲笑されながら処刑された。
でも、なぜか意識がある。自分を認識している。
ギフテッド教――ギフトをくれる唯一神様を信仰する国教だ――の教えでは、人は死ぬと魂という意思の塊になって空を漂い、新たな命が生まれる時にその身体に入り込むのだという。それは人間の赤子かもしれないし、働きアリやイノシシかもしれない。死んでも完全に消えるわけではなくて、新しい生命の礎になるのだ。
私は今、その魂の状態なのかもしれない。それなら、何も感じず意識だけがあることにも納得できる。
これから新しい命に生まれ変わるんだ。記憶は残らないけど、あの苦しい毎日から解放されて自由になれるんだ。
私の魂は、そのまま違う生物になるわけじゃない。
新しく芽吹いた生命には例外なく新しい魂が生まれる。でも生まれたばかりの魂は弱くて肉体に耐えられないから、死者の魂を吸収して強くなるんだって。出産に耐え切れず死んじゃう子がいるのは、上手く魂を取り込めなかったからだ。
逆に、複数の魂を吸収する赤子もいる。そういう子は余剰分のエネルギーを神様に別の力に変えてもらう。それがギフトだ。
私が担うのは、吸収されて新しい生命の源になる役目。
婚約者だった幼馴染のことは心残りだけど、ただ消えるよりよっぽどいい。罪人として処刑された私が、誰かの役に立てるなら。
(できれば鳥の赤ちゃんに吸収されたいな。私を乗せて自由に空を飛んで欲しい)
そんなことを考えて、その時を待った。
どれだけ時間が経ったか分からないけど、朦朧としていた意識がはっきりとしてきた。
最初はついに消える時が来たのかな、と思ったけど、違った。
突然視界が開けて、周囲が見えるようになったのだ。それだけじゃない。音も聞こえる。
(え、なになに? どういうこと?)
身体の感覚は相変わらずないけど、私は薄暗い洞窟にいるようだった。
周囲にはふわふわと浮かぶ、大小様々な光る球体があった。――霊魂だ。
本来見えないはずの魂が、淡い光を放って浮遊する状態。研究者の中には魔物の一種と表現する人もいる、魂そのものが具現化した存在。
壁から流れる湧き水が小さな水たまりを作っていた。
それを覗き込んで、私は驚いた。
(私、霊魂になってる!)
処刑された聖女だった私は、霊魂になっていた。
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