第2話

「はっ」

シュッシュッシュという、機関車みたいな音が聞こえて目が覚めた。

座席の形が変わっている。さっきまで通勤電車のロングシートだったのに、特急みたいなクロスシートになっている。しかも、座席が木製のものに赤い布を張った、やや豪華なものになっていた。

「えっ?」

あわてて切符を取り出す。

茶色い、昔の切符みたいになっていた。無論、裏に磁石はついていないし、改札とかで使える感じじゃない。

「え!」

その声に驚いて、客が振り向く。今は、ほとんど満席状態だ。着物を着ている。

何人か、学生服が混じっていた。あと、灰色のローブを着た人が、二人ほどいた。

窓の外を見てみる。

今は、森の中らしい。良かった。普通の森だ。普通の?

窓から狼が見えた。毛が赤い。近くにウサギがいる。狼が突然火を噴いた。

「えーーーー!!」

また客の注目を浴びる。

「すみません」

僕は小さくつぶやいた。きっと見間違えたんだ。

もう一回見てみる。丸焼けのウサギを狼が旨そうに食べていた。見間違いじゃない。

僕は悲鳴を飲み込んだ。おかしい。僕は寝た。起きた。そしたら変な世界にいた。

「嘘だろ・・」

リアルすぎる感覚が、夢ではないことを無慈悲に告げていた。


「切符拝見」

しばらく座っていると車掌がやってきた。座席を回って切符を切っている。僕は、ぎこちない動きで自分の切符を渡した。

車掌の眼を見て、僕はかなり驚いた。さっきまで帽子の陰になって見えなかったが、片目が驚くほどの濃紺なのだ。しかも輝いている。ただ、もう片方の方は、普通の黒だった。

車掌は、切符を切ると僕に返した。

「拝見しました」

そう言って次の席に行った。

僕は切符を見た。どうもこの切符は、メイーギという所から、開闢かいびゃく市という所に向かっているらしい。

僕は、ポケットに手を入れた。ここまできてようやく、僕が、ポケット付きの着物を着ていることに気が付いた。いつの間にか服装まで変わっていたらしい。

かなり驚かされたが、先ほどの衝撃連続で脳の驚く部分がマヒしている。

なぜか地図が入っていた。それを広げてみる。まるで中世のような、カッコいい地図があった。

森の位置を考えると、ここはメイーギ市からだいぶ離れて、驟雨しゅうう市と、黄昏市との間にある、『炎の森』という場所らしい。

そしてあと五駅ほど進むと、開闢市につくらしい。開闢市はかなりの大都市らしい。結構広い範囲で、りっぱな都市が描かれている。楽しみ、なんていってる場合じゃない。

何があったんだ?まず状況整理だ。

僕はさっきまで疲れて眠った。その時はまだ僕のいつも乗っている普通の電車に乗っていた。寝たらなんかファンタジーぽい世界にいた。そこで僕は気づいた。今僕はこの世界で使える金を持っていない。この世界で生き抜く技術も知識も道具もない。

あんな炎を吐く化け物がいる世界に放り出されて、生きていくのは難しいだろう。

機関車が止まった。駅に着いたらしい。

駅のホームではなんか灰色のローブを着た人どうして、魔法らしきものを使った殺し合いをしていた。

炎や氷が飛び交い、駅員が慣れた動作でお客さんなどの避難をさせている。何人かは怪我をしていた。非難させていた駅員に氷が当たった。駅員さんは崩れ落ちた。

僕は目を背けた。ただ、乗客はそこまで驚いた感じじゃない。慣れている。

こんなこと日常茶飯事という感じだ。

こんな世界に放り出されたら死ぬ可能性が高いだろう。

つまり、この列車から降りたらその時点でジ・エンドなのだ。

僕は席を立った。この列車の中から、帰還の手がかりをつかむために。

まず座席。怪しいところなんてない。隙間という隙間。木のシミまで見たが、全く分からない。僕は、後ろの車両から順番に見ていくことにした。

まずこの列車は八両編成で、一番前の車両の前半分が車掌室になっているらしい。残り半分は、本や、ソファーが設けられたラウンジになっている。

二両目が食堂車、三両目が寝台車、あとは客車だ。

僕の席は八両目にある。

全ての車両を見て回った。残りはラウンジだ。おれは、一両目の扉を開けた。

僕はかなり驚いた。洒落たソファーが数か所に設置されていて、本棚には高そうな革表紙の本が並んでいる。

何人か、談笑したり本を読んだりしていた。本棚の中に、一冊だけ、何か異質な本が置いてあった。

僕は、それを手に取ってみる。

蒼い革表紙の文庫本程度のサイズの本だった。

表紙はほとんど飾りがなく、小さな瞳が金箔で押されていた。

ページを開いてみる。白紙だ。次のページも白紙。次も。そうして何ページかめくったところに文章が書いてあった。

『この世界は心のスキから入り込み、人間の脳に出現する。そして狂わせる。世界の中心である蒼い眼を破壊しろ』

何じゃこりゃ?しかも、十秒ほどたつと文字は消えた。

この本に書いてあることが正しいとすると、この世界を破壊しないと僕は狂うと言うことだ。で、青い目を破壊すればこの世界が崩壊して僕は助かると言うことだ。

「青い目と言えば・・」

一つ心当たりがある。車掌の眼。青だった。だがあれを破壊しろと・・。

突然、談話していた老人二人が僕に杖を向けてきた。本を読んでいた青年が懐から匕首あいくち(つばのない小刀)を取り出した。

杖から銃弾が飛び出し、僕の横の本棚を貫いた。貫いた部分から青いインクが出てくる。

本に文字が浮かび上がった。

『もし君がこの世界で死ねば、向こうの世界の君は精神が崩壊する』

どうやらこの本は、僕の味方らしい。僕の脳からの、援護射撃といったところか。

青年が投げてきた匕首を、僕はよけた。僕は動体視力が結構いい方だ。

匕首が刺さったところから、蒼いインクがどくどくとあふれ出る。

突然全ての本棚から本が飛び出した。僕は、飛んできた匕首を木製の本棚から引き抜き、本に切りかかった。

紙だって手を切ることがある。

僕は、何とか車掌室の前に着いた。鍵を匕首で壊すと、青いインクが溢れる。

僕はドアをけ破った。

車掌がおどろいたように振り返った。

僕は匕首で切りかかる。車掌は、手からナイフを打ち出してきた。まさに機関銃のように。僕は、手に持っていた本でうけた。本からは、黒いインクがあふれてきた。最後に開かれたページには、『健闘を祈る』と書いてあった。

僕は、匕首を持って突っ込んだ、ナイフを弾く。

一気に間合いを詰めた。

向こうもナイフを振り上げる。僕の匕首の方が少し早かった。僕の匕首が、車掌の瞳を砕く。

甲高い悲鳴が響いた。そこら中からインクが噴き出した。僕は、その海におぼれた。

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