第9話 天陽の君と月影の君



「お姉様ったらどうして教えてくださらないの!」


頬を膨らませ、美朧を睨みつける四の姫にため息を吐く。



昼下がり、母屋に集まり皆で話をしていると、急に四の姫が月の宴での出来事について尋ねてきた。


のらりくらりと話を逸らそうとしたが、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。




「何度も話したでしょう。

月影宮つきかげのみや様に誰にも話さないようにと言われているの」


「本当に?お姉様が私たちに話したくないだけではないの?」


続けて五の姫がそう問いかけてくる。



「本当よ。あなたたちに隠す必要なんてないでしょう」


そう返すも、内心冷や汗が垂れる。


本当はそんなことは言われていない。

ただ、美朧に見鬼の才があることを妹たちには知られたくないだけだ。


妖が見える“見鬼の才”があることを知っているのは、美朧の住む北の対の女房と兄達だけだ。


お喋りな四の姫に話そうもんなら、都中に知れ渡り、お嫁に行けなくなる。




「ならいいけど…。

あぁ、お姉様が月影宮様に見初められていたら次の会で自慢できたのに」


そう言って口を尖らせる四の姫。


「な、何を言うの。

宮様となんて、恐れ多いわ」


美朧は四の姫の言葉に頬を染めた。



「そういえば四の姫、なぜ聰宮そうのみや様は月影宮つきかげのみや様と呼ばれているの?」


昨夜からずっと気になっていたことだった。



「私も詳しくは知らないのだけれど…。


噂では、御上おかみと月影宮様の幼きお二人が共に宮中でお育ちになっていた頃、

懐仁やすひと親王であられた御上は“天陽てんようの君”と、月影宮様…馨仁よしひと親王は“月影げつえいの君”と呼ばれていたそうよ」


※御上…今上帝。現在の天皇。



「月影の君と、天陽の君…」


まるで陰と陽。

なんとも正反対な呼び名だ。



「でも確かに、月影宮様のあの神々しいまでの美貌はまさに月よね。ぴったりの呼び名だわ」


頬に手を当てうっとりとそう言う四の姫。


「そうねぇ…」


――確かに月は美しく神聖なものではあるけれど……“陰”の言葉だわ。


后号をもたない女御にょうごとはいえ、先帝の内親王の皇子にそのような呼び名をつけたことに、違和感を感じずにはいられない。




「――そんなことより、お姉様!

今度の貝合わせの会はわたくしも連れて行ってくださいね」


そんな二人の姉のやりとりを他所に、唐物の砂糖菓子を口に含みながら五の姫がそう口を開いた。


「駄目よ。あなたにはまだ早いわ」


五の姫の言葉にそう返す四の姫。


「どうして。わたくしも行きたいわ」


「駄目ったら駄目よ」


「お姉様ひどいわ!意地悪」


「――いい加減になさい!」


そう言い争う二人にぴしゃりと言い放つ。



「儼姫、穠姫も連れて行ってあげなさい」


四の姫のことだ、自分が他の姫とのお喋りに集中したいから妹を連れていきたくないのだろう。



「…はぁい」


不服そうにしつつも、そう返事をする四の姫。


「嬉しいわ!

ねぇ、美朧お姉様、新しい唐衣からぎぬを新調してくださいな」


「あらずるい!わたくしのもしてくださいな」


初めての会にはしゃぐ五の姫に乗っかりそう声を上げる四の姫。



「…わかったわ。

誠信さねのぶお兄様にお願いしてみます」


美朧は二人にそう返し、長兄に文を書くことを口実に北の対に戻ったのだった。


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