第7話 月の皇子



「――はぁ…なんて素敵なのかしら」



月影宮つきかげのみやを見つめ、そう呟く五の姫に四の姫が頷き同意する。



「今度の会でこのお話をしないと…!

月影宮様を見たって言ったら、皆さんきっと羨ましがるわ」



「…儼姫たけひめはあの方を知っているの?」



美朧は四の姫の言葉に、そう問いかける。




月影兵部卿宮つきかげの ひょうぶきょうのみや様よ!

やだ、お姉様知らないの?」



四の姫は信じられないものを見るような目で美朧を見た。



「信じられない!

私でも知ってるわよ」



続けてそう驚く五の姫。



「そんなに有名な方なの…」



自分のあまりの疎さに恥ずかしくなり、声がしりすぼみになる。



「有名も何も、あの方は恐れ多くも今上帝の御弟君、聰宮そうのみや様よ」




「聰宮、様…」



驚いて声が裏返った。



聰宮そうのみや様といえば、今上帝のお父君であらせられる円融えんゆう帝と、3代前の冷泉れいぜい帝のご息女 尊子そんし内親王との間にお生まれになった高貴なお方。



――あの方が。



驚きすぎて言葉が出てこない。




「滅多に宮中以外の宴に参加されないのよ!」



興奮したように目を輝かせる四の姫。



「我が邸にいらしたなんて夢見たい」



四の姫は口元を扇で覆うことも忘れ、身を乗り出して月影宮つきかげのみやに魅入っている。




美朧も、品よく笑いながら貴族達と言葉を交わす月影宮に目を奪われた。



――似ている。


幼い頃、美朧が京の外れにある杉林で出会った美少年にそっくりだった。



その少年の美しく儚げな笑顔が今も忘れられず、美朧の脳裏に焼き付いていた。




“ 妖狐は、僕の母様かも知れないんだから”



ふと、あの時の少年が言っていたことを思い出す。



――月影宮様のお母君は先帝の内親王だ。


そんな高貴なお方を妖狐なんて言うはずがない。




「きっと勘違いだわ…」




それでも、あまりにもあの時の少年と似ているため、なかなか心が静まらない。


じっと見つめていると、ふと月影宮が顔をあげ、こちらに視線を向けた。



「こっちをご覧になっていらっしゃらない?」



几帳きちょうがあるため、向こうからは見えてはいないはずだ。


それでも、四の姫の言葉に胸が高鳴るのを止められない。




その時、現れた一つの影に遮られ、月影宮の姿が見えなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る