第5話 月の宴 1





「お姉様、そろそろお客様がいらしたのかしら」


 母家の方から聞こえる賑やかな声に、我が家の五の姫 穠子じょうしがそう口を開いた。


「なんだか緊張してきたわ」


 一つ下である四の姫 儼子げんしもそう続ける。



「あなたたちは初めての宴だものね」


 美朧は緊張で顔を強張らせる妹たちにそう返した。本当は自分も緊張していたが、それを妹たちに悟られぬよう、気を張っている。



「お時間でございます。寝殿しんでんにおいでくださいませ」


 磯貝の声に静かに立ち上がる。妹たちもそんな美朧に続く。


「いい?ここから先は殿方がおいでになる場所よ。くれぐれも粗相のないように」


 美朧は邸の女主人として、妹たちへそう声をかけた。



「姫様、ご立派でございます…」


 そんな美朧に涙を流し何度も頷く磯貝を横目に、寝殿に続く渡殿(ろうか)へ足を進めた。



「ねぇ、お姉様。今日は道頼様いらっしゃるかしら」


 美朧の一歩後ろを歩く四の姫がそう話しかけてきた。


 道頼とは、関白家の長男で、美麗の貴公子として有名な人だ。一度だけ御簾越しに見かけたことがあり、美朧もその時から密かに憧れている。


「さ、さぁ…お兄様からは特に聞いていないわ」


 四の姫の言葉に動揺して返しが少し吃ってしまった。


「いらっしゃるといいなぁ。一目でいいから道頼様にお会いしたいもの!」


 そう言って嬉しそうに声を弾ませる五の姫。



「でも伊周これちか様がいらっしゃるから、どうかしら…」


「あの目立ちたがりの伊周様のことだから、きっとお父上に頼んで来させないって可能性もあるわね」


「確かに!頼道様がいらしたら自分が目立たないもの」



「――ちょっと二人とも!口を慎みなさい。

もうお客様がいらしてるのよ」


 そんな妹たちのやりとりを慌てて止める。


 実は、道頼は関白家の長男ではあるのだが、正室の御子で最近正式に嫡男となった伊周に疎まれていると、もっぱらの噂なのだ。



「はーい」


 不貞腐れたようにそう返事をする二人を他所に、美朧は渡殿(ろうか)の周りを見回す。


 今のやりとりが誰かに聞かれていたら大変だ。



 今日の主賓である道隆とその嫡男である伊周の陰口を聞かれでもしたら、宴が台無しどころか、兄たちの立場も危うくなる。



「まったく…。あなたたち、そんな話どこから仕入れたの」


 確かに都でも有名な関白家の内部事情は、世の姫君たちの恰好の話の種となっているのは知っていたが…。


薫物たきもの合わせの会の時にその話になったのよ」


 そう言って悪戯っぽく口角を上げる四の姫に溜息を落とす。


 美朧の一つ下の四の姫は流行り物や噂が好物で、裳着もぎを済ませてからというもの、あちこちのお屋敷で開かれる会に参加していた。


 引きこもりがちな美朧とは大違いだ。



「私はお姉様に教えてもらったの」


 つい最近裳着もぎを済ませた五の姫はまだ貴族の姫君たちの会には出ていないが、美朧よりずっと外向的だ。



「…とにかく、その話はもう終わりよ」



 美朧はそんな妹たちにそう釘を刺した。



 姉妹とはいえ、父の為光が亡くなるまではそれぞれの母の住む対の屋に住んでいたため殆ど会ったことがなかった。


 しかし、美朧の母が亡くなり、姉たちも皆結婚し家を出たことにより、美朧がこの邸の女主人になったため、妹達と頻繁に会うようになったのだ。


 それもつい最近のこと。


 美朧はまだこの外向的な二人の妹たちに馴染めていなかった。



「美朧お姉様は堅物すぎるわ。

 だから殿方が一人も通ってこないのよ」


「な、何を言うの。

 私はこの屋敷の女主人として…」


 美朧が四の姫に言い返そうとすると、後ろに控えていた磯貝が言葉を遮るように大きく咳払いをした。



「これより寝殿に入ります」


 磯貝はそう言って、孫廂へ入る御簾みすを上げた。



 美朧は言い返そうと開いていた口を閉じ、前へ向き直った。

 そして、気を引き締めるように十二単の裾を正し、背筋を伸ばした。



「参りましょう」


 磯貝の言葉に、なるべく上品に衣擦れの音が響くよう摺り足で歩みを進めた。


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