第43話 礼をもって礼に応える(8)

 実菜穂は意識を取り戻すと、閉じていた目を開けた。眩しく、思わず目を細めてしまったが、辺りを見ることはできた。そこは、自分がさっきまで立っていた場所とは明らかに景色が違っていた。真っ白な世界。人の気配は全くなかった。実菜穂は、ひとつの光景を眺めていた。



 麗しき女が一人の稚児を呼ぶ。まだ男の子とも女の子とも分からない中性的な顔立ちの稚児だ。女は、稚児に五つの玉を差しだし問う。赤、青、緑、黒、紫の玉があった。


「この五つの御霊は、それぞれの神の分霊となるものです。あなたは、どの神の分霊となることを選びますか」


 女は優しく語りかけると、稚児を見守った。稚児は笑顔で女に話しかける。


「私が選んでも良いの?」


 稚児の問いに女は微笑んで頷く。稚児は、五つの玉に目をやると迷わずに青色の玉を手に取った。


「それならば、この玉が良いです」


 女は、稚児の素早い行動に少し戸惑った。


「その御霊は、我が子、水波野菜乃女神の分霊となる御霊。あなたは、なぜ迷いもなく選んだのですか」

「それは、初めから決めていました。私は、水波野菜乃女神の妹になりたいとずっと思っていました。美しく舞う女神。その妹になると。大きな社でたたずんでいるよりは、小さく迎えられようとも多くのものを見てみたい」


 稚児は、笑って青い玉を女に差し出す。女は青い玉を両手で覆うと、それは透き通った美しい群青色の御霊となった。それを稚児に授ける。稚児は、御霊を受け取ると、その姿は幼きみなもとなっていた。みなもは、喜びに満ちた顔で一目散に参道を駆けていった。



 

 実菜穂はその光景を眺めていたが、意識が再びもとの参道に引き戻された。稚児が駆け抜けていった参道には人が行き交っていた。実菜穂は、拝殿と参道を交互に見つめながら、不思議な光景について考えた。


(いまの出来事はけして私の想像ではない。みなもは、ここを駆け抜けていったのだ。笑顔で希望に満ちて・・・・・・心の蓋は簡単に解かれてしまったが、そこに今の光景を記憶として埋めてくれた。だとすれば、これはアサナミの記憶。アサナミが私に何か応えてくれたのは間違いない)


 実菜穂は、もう一度拝殿に礼をして、社を後にした。二つの社で不思議な出来事を体験した。みなもがいてくれなければ、けして出会うことのない神様。


(こんなことが体験できる自分は本当に幸せなのだ)


 実菜穂は、みなもに感謝を伝えるため、最後の舞台の準備に取りかることにした。

 実菜穂は、陽向のお土産にと駅で気になったお菓子を物色すると、その日のうちに帰宅した。家に着いたとたん、また疲れがどっと出た。陽向に電話をして話をしたかったが、経験したことに対して、心の整理がまだ追いつかなかった。経験しようがない光景が記憶に刻まれてしまっているのである。みなもが御霊を授かる光景が、自分の記憶となって刻まれている。アサナミの意志によるものなのか、何かの偶然なのか分からない。


(陽向ちゃんに話せば、何か分かるかも)


 実菜穂は、そう考えながら、眠りについた。 


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