31-3 庇護

 顔が焼爛やきただれた醜女しこめが赤く目を光らせ未咲を睨み付けている。未咲はひゅ、と息を呑み、目を剥いた。肉が剥がれ落ちた頭部からは骨が覗いている。


「……殺してくれよう……月夜見……」


 背後からイザナミが迫る。未咲は耳を撫でた不気味な声にびくりと肩を揺らした。全身が冷水を被ったように急激に頭が冷えていく。未咲はすっと目を細めた。


 ――この後に及んで、わたしを月夜見と呼ぶのか。


 月夜見は先ほど自分で喰らったというのに。それだけでは飽き足らず、月夜見の力、そして役目を受け継いだ未咲をも殺そうとしている。最早、イザナギの面影……気配が感じられる者ならば誰でも殺してしまいたいのだろう。なんて憐れな神様。イザナミの境遇に同情はするけれど、だからと言って、この命を渡すつもりは毛頭ない。

 月愛珠が光り輝く。目を刺激する強い光に醜女は悶えた。


「未咲ッ!」


 その声とともに、醜女が未咲の上を飛んでいった。おそらく醜女が背後に迫るイザナミにぶつかったのであろう音が耳に届く。未咲は一瞬呆気に取られたが、すぐさま我に返り身体を起こす。


「雅久!」


 醜女をイザナミにぶつけた雅久が未咲の手をぐいと引っ張り、未咲を立たせた。雅久は未咲の顔を見てほっと息を吐くのも束の間、表情を引き締める。


「未咲、避けろ!」


 雅久が叫んだと同時に、破裂音が響き刺すような凶暴な光が辺りを照らした。雅久は反射的に未咲を脇に突き飛ばす。未咲は雅久に向かう雷撃を視界に捉え、


「駄目!」


伸ばした手の先に、雅久を守るように水の壁が現れた。雷撃を捕らえた水の壁は雅久の前に道を作るように割れる。雅久は躊躇ためらうことなく地面を蹴りイザナミの懐へと踏み込んだ。研ぎ澄まされた刀を真一文字に一閃する。刀身は身体を守るように前に出されたイザナミの腕を斬りつけた。


「未咲、走るぞ!」


 イザナミが怯んだ隙に雅久が未咲に手を差し伸べる。未咲は雅久の手を握り、雅久とともに駆け出した。

 未咲は背後から襲いかかる雷を水の壁で防ぎながら走る。イザナミは鈍足のようだが、雷撃は容赦なく放たれ、未咲は度重なる力の使用と極限にまで高めた集中力に疲弊していた。雅久が手を引っ張ってくれなければ、既に限界を迎えていたかもしれない。未咲は雅久の手をきつく握り締めた。未咲の手を強く握り返す雅久もまた、前方から現れる骸骨や醜女の襲撃に応戦している。


 出口はまだか、と未咲は見えない太陽の光に焦がれたその時、未咲の足が隆起した地面に引っかかり、未咲は派手な音を立てて転んだ。雅久と繋いだままだった手は雅久を後ろに引っ張り、雅久もまた体勢を崩す。未咲は集中力が途切れ、それまで麻痺していた恐怖感が一斉に未咲を襲い全身を硬直させた。もう、駄目だ。じわりと未咲の視界が滲む。

 突如、獣の咆哮が洞窟内を震わせた。雅久に襲いかかろうとしていた骸骨や醜女が吹っ飛び壁に激突する。薄闇に白い影が浮かび上がった。


「真神……!」


 未咲は震える声で白狼の名を呼んだ。真神は雅久と未咲を飛び越え、後ろに迫っていたイザナミに牙を剥く。耳をつんざく絶叫。未咲は思わず顔をしかめきつく目を瞑った。


「真神、未咲を連れていけ!」


 迷いのない雅久の言葉に、未咲はバッと身体を起こして雅久を見た。雅久は未咲の腕を掴んで引っ張り上げ、茫然とする未咲を見据える。


「もう少しで此処から出られる。真神に乗って先に行け」

「い、嫌……何で……っ」

「良いから行け!」


 雅久は未咲の横をすり抜け、入れ替わるように未咲の元に真神が駆けつける。真神は雅久の元へ行こうとする未咲を咥え自身の背中に放った。未咲は反射的に真神の背中にしがみつく。


 怒号。雷撃の破裂音。何かが叩き付けられる音。呻き声。絶叫。


 未咲が雅久を振り返ろうとした瞬間、真神が地面を蹴った。遠ざかる音。遠ざかる影。喉を裂くような悲鳴を上げる未咲の視界に、ぼんやりとした白い人影が映った。

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