第31話 帰還

31-1 導きの友

 陰気に満ちている洞窟内は容赦なく雅久の身体の熱を奪っていく。まるで真冬の寒さだ。雅久は白い息を吐き出し薄闇の中を慎重に進む。


『あの狼は連れてこなくて良かったの?』


 雛夜の問いかけに、雅久は黄泉の国へ入ることを拒んだ真神の様子を思い出した。


「生きている者にとって、黄泉の国は恐ろしい場所だろう。真神の力があれば心強くはあるが、無理強いはしないさ。……それに、もしかすると入りたくとも入れなかったのかもしれない」


 雅久は真神と言葉を交わすことは出来ないが、爛々と輝く真神の目から感情を読み取ることには慣れていた。黄泉の国を前にした真神の目には怯えがあれど未咲を救わんとする意思に揺らぎはなかった。


『……まあ、死者の世界だからね。黄泉の国に入れること自体、おかしい話だよ』

「そうだな」


 雅久は頷きながら周囲の様子に気を配る。何かが潜んでいるような気配はするが、雅久を襲ってくる様子も見せない。雅久は細い息を吐き出す。

 暫く歩き続けると、洞窟の道が二本に分かれた。雅久は立ち止まり、どちらに進むべきかを思案する。ここで未咲がいる場所とは違う道を選んでしまえば、未咲と二度と会えない可能性もある。しかし、辺りに正解を示すものは何もない。雅久は焦燥を顔に滲ませた。その時だった。


『雅久、こちらだ』


 聞き覚えのある老爺の声が、雅久をいざなった。雅久は信じられない気持ちで声が聞こえた方向へ顔を向けた。


「……正芳まさよし


 雅久から離れた場所に、人影が立っていた。左の道を進んだ先で手招きをする人影は闇に隠れて顔がよく見えないが、それが正芳であると雅久にはわかった。


『未咲はこの先だ。迷わずに進め』


 雅久は泣きたくなる気持ちをぐっと堪え、強く頷いた。同時に、胸の内があたたかくなる。雅久に宿った雛夜が霊たちが雅久を励ましているようだった。

 ありがとう、と心の中で正芳に投げかけ、雅久は駆け出した。口を開いてしまえば涙が出そうで、声に出して言うことは出来なかった。

 人影の横を通り抜ける。正芳は雅久が立ち止まることを望んでいない気がして、雅久は正芳を視界に捉えながらも懸命に足を動かした。


 振り返りたい。振り返って、人とは違う自分を友人と思ってくれたことへ礼を言いたい。そして、本当は、もっと友人として接し、遊び、同じ釜の飯を食べて、腹を割って話したかったのだと言ってしまいたかった。お前は一番の友人だと、これからもそうであると、言いたかった。


 雅久は走る。背後で正芳が笑った気配がしたと思うと、背中にぽん、とあたたかな熱が触れた気がした。

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