30-6 未咲を追って

 御神木の場所に戻ってきた雅久は、その静けさに愕然とした。周囲の木々は折れ草花は踏まれたように倒れているが、その事態を引き起こした張本人たち――月夜見とイザナミは姿を消している。

 しかし、真神は迷うことなく御神木の前まで駆け寄った。まるでその先に彼らがいると言うように。雅久は立ち止まった真神から降り、ごくりと喉を鳴らして奇妙な蜷局を巻き続けている闇を見つめた。


『雅久。多分、これは黄泉の国に通じる扉だ。イザナミが支配する世界。そして、死者が住まう国』


 雅久の頭に雛夜の声が響く。雅久は眉根を寄せた。


「イザナミが支配……? しかし、伝承では黄泉の国には他の神がいると」

『え? ……ううん。イザナミは確かに、黄泉の国を統べる神の筈。イザナミが黄泉の国に行った後、黄泉の国の神はイザナミに交代しているの。黄泉津大神よもつおおかみ……イザナミは死を司る神よ』

「よもつ、おおかみ」


 雅久は茫然とイザナミの別名を繰り返した。


「では、この先に月夜見とイザナミが……?」

『此処にいないってことは、多分』


 それに、と雛夜は言葉を続ける。


『月夜見の狙いって、未咲の身体を奪うことと……あいつを黄泉の国から連れ戻すこと、なんじゃないかな』

「連れ戻す……つまり、生き返らせる、ということか」

『うん』


 雛夜の声は複雑そうだ。雅久もまた不快に顔を歪める。未咲の身体を奪い、雛夜から奪った男を生き返らせ、この世でともに生きていく。それを想像するだけで反吐が出そうだった。刺し違えてでも止めなければ、と思う。彼らが幸せそうに愛し合う姿を見てしまえば、自分は冷静ではいられない。それに、「一度死んだ者を生き返らせる」。それもまた、雅久には看過できそうになかった。人とは生きて死ぬものだ。そのことわりを創ったのは神であるというのに、その理をねじ曲げるのもまた神とは、得も言われぬ感情が込み上がってくる。


「……理に反しているのは、俺も同じか」


 ぼそり、と雅久は自分を皮肉った。それから短く息を吐き、首を横に振った。


『大丈夫?』


 心配げに訊ねる雛夜の声に頷き、雅久は表情を引き締め黄泉の国の入り口を鋭く見据えた。


「心配ない。……行こう。未咲を迎えに」


 雅久は深く息を吐き、不穏な空気を漂わせる入り口へと一歩踏み出した。

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