29-8 器

『魂だけになった月夜見が、その後どうしたのかは知らない。でも、今月夜見が未咲の身体を乗っ取っているって言うなら、子孫の身体に憑いていたのかもしれない。あるいは、器となれる子孫の誕生を待っていた、とか』

「器……?」

『月夜見の魂を入れても耐えられる器が必要だった。条件は二つ。月夜見の魂と適合する身体であること。そして、月夜見の魂を受け入れることが出来る強さを持っていること』

「それが、未咲だった」

『あたしは正解を持ち合わせていないから、憶測の域を出ないけどね』


 雅久は未咲の身体を乗っ取った直後の月夜見の言葉を思い出した。


 ――この愚かな娘がようやく力を覚醒させたのも、貴様の存在があってこそだろう。


 未咲の力の覚醒が月夜見を受け入れるための条件だからこその、あの言葉だったのだろうか。雅久は唇を噛んだ。未咲が力を開花させていく度に、月夜見に身体を奪われる未来に近づいていたとは。未咲が酷く怯えていたのも、それを予期していたからではないか。

 雅久は息を吐いて首を振る。過ぎたことを悔やむ暇などない。


「雛夜、一つ訊いても良いか」


 雛夜からの返答はなかった。沈黙を肯定と受け取り、雅久は空唾を飲んでから口を開く。


「何故、その時に月夜見たちの子を殺そうとしなかったんだ。……俺は月夜見の子孫の代わりに生贄になった。その辺りが、どうにも釈然としない」

『……あたしはね、何も、誰も彼もを殺したいわけじゃないの。最初は、見境無かったけどね』


 雛夜は自嘲するように言った。


『でも、そんなあたしを止めてくれる光があった』


 未咲のことか、と雅久は小さくも眩い光が雛夜を覆う闇を払った光景を脳裏に描く。


『イザナミや他の霊たちがあたしに言うの。怨みに身を委ねて、すべてを壊してしまえって。でも、あたしは月夜見とあいつに復讐出来れば、それで良かった。だって、あの二人はあたしからすべてを奪った。でも……二人の子にも、村の人たちにも、関係ない話よ』


 雛夜の声は雅久の心を切なくさせた。


「なら、生贄のことはイザナミの意思か」

『……村であたしを祀り鬼神としたのは正解だった。あたしは村の祈りを『一年に一度生贄を捧げる』という条件付きで受け入れ、村を守る神になった。村が約束を守り続ける限り、あたしたちには『村を守る神』という縛りを受けることになったからね。……イザナミがあたしをそそのかしたとか、あたしがイザナミの力に負けたとかさ、そんなことは関係ないの。あたしが生贄を要求したのは間違いないわ。それにね、結局あたしは負けたわ。守ってくれた光もずっとは続かない。怨みに焼かれ続けて、魂が消耗して、どんどんあたしはあたしであることをやめていった』

「……雛夜」

『もう、自分でも何が何だかわからない。今はこうして思い返しながら話せているけどね。話を聞いていても、あたしの気持ちと行動には矛盾が多すぎるでしょ。わかってるの。……あんたはあたしを受け入れてくれたけど、あたしがしたことは赦してはいけないよ』


 雛夜は諦観を含んだ声で雅久を諭した。雅久は何かを言おうと開けた口を、ぐっと堪えるように閉ざした。行き場を失った言葉が喉の奥に貼り付いている。


『未咲のことだけど』


 雛夜は場の空気を切り替えるように芯のある声で言った。


『あの子、やけに簡単に乗っ取られてない?』

「……それは、どういうことだ?」

『未咲とは短い時間しか関わってないけど、あの子の心の強さは知ってる。見た目は大人しそうで押せば倒れそうな感じなのに、妙に頑固でしょ』

「ああ……まあ、そうだな」


 雅久は脳裏に未咲の姿を思い浮かべ首肯した。

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