27-3 山の神の夜

 大山祇神おおやまずみのかみは、灯りを消した部屋で胡座を掻き、憂いを含んだ表情を晒していた。

 明日、間違いなく月は赤く染まるだろう。

 闇が月を喰らうように、異界の領域は広がりこの世界を喰らおうとする。


「未咲」


 月神の血を継いだ少女の名を紡ぐ。「此度の因縁には手を出さない」と言っておきながら、加護を与えた。知らぬ間に情が沸いていたらしい。長きに渡りこの地を見守ってきたが、こうして干渉するのは雅久以外初めてであった。


 月夜見。鬼神となった女。そして、地獄から這い出る底知れぬ深い闇。


 大山祇神はその闇の正体に覚えがあった。まさかあの者が関わっているとは、と重い溜め息を吐いた。あれは虎視眈々と憎しみの対象を狙い続け、とうとう好機を得ようとしている。夜を支配する神を仕留めれば、あれは地獄から現世うつしよへと身を移し、その凶悪な力を振るうつもりだろうか。


「恐ろしいものよ」


 神の愛憎ほどおぞましく厄介なものはない。嫉妬には男も女も、人間や神等といった種族でさえ関係ないが、力のある者はより醜悪になる。その力をもって何とでも出来るからだ。だからこそ、強大な力を持ち得る者は理性的であることを要求される。が、しかし、


「それが出来れば、このような因縁は生まれぬ」


やれやれ、と深く息を吐き出した。


 まだ年若い少女の肩にかかる重圧はいかなるものか。これまで平和な世界で生きてきたのだと容易に想像出来る少女が引き受けるものとしては、この因縁は重すぎる荷物だ。せめてもの救いは、少女の傍に優に百年以上は生きている少年がいることか。少年と過ごして百年を超えた辺りから数えるのを止めてしまったが、そこらの人間たちと比べ過酷な時を長く生きてきた少年はその分だけ頼もしい。……惚れた少女には弱いようであるが。


「闇に呑まれるなよ。未咲、雅久」


 大山祇神は傍らに置いていた酒瓶を手にとり、ぐいと一気に飲み干した。

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