第27話 それぞれの前夜
27-1 ある夫婦の夜
数日前、村を
何故、この子が、私たちが、このような目に遭わなければならないのか。
生贄として赤ん坊を望まれた夫婦は鬼神の存在を憎んだ。人身御供の風習など吐き気がする。毎年一人、また一人と子どもが鬼神に捧げられる。その子どもたちは、言葉を喋ることもままならないような赤子がほとんどであった。
幸か不幸か。物心がつく前の年齢であれば、鬼神を前にしても恐怖は感じなかったかもしれない。訳もわからぬまま、
「可愛い
母親の腕で眠る赤ん坊の頬を、父親は悔しさや悲憤に
「あなた……この子を助けることは出来ないのかしら」
これまで自身の血を分けた子が生贄に選ばれた時に誰もが考えたことだろう。しかし、その誰もが、子を助けられずに鬼神へと子を捧げてきた。
だからこそ、白羽の矢が立った時に絶望した。この子はもう、助からない。すくすくと育ち、いつまでも健康で幸せにという親の願いは黒く塗り潰され、深い闇へと溶けて消える。
しかし、他の家族と異なり、一つだけ希望があるとすれば。それは「月夜見の血族である」ということだ。
神の力を受け継ぎ、鬼神に立ち向かう力が発現すれば、もしかすると。
奇跡、のようなものだ。鬼神に捧げ、鬼神に喰われんとする時に月夜見の力が赤ん坊を守るなど。それでも、その奇跡に縋りたかった。
「――“異界”の存在を信じるか」
「いかい?」
ふと、男が女に問うた。女は訝しげに男を見遣る。聞いたことのない言葉だ。その言葉の意味も、音に当てはめる文字すらも見当がつかない。
「旅の坊が言っていた」
「何と?」
「“この村は異界へと通ずる道がある”、と。かつてこの村に怪異が起こっていたのも、怪異の世が混ざりあっているからという」
「怪異の世……それは、怪異の潜む村があるということでしょうか」
「凡そ、その理解で良いだろうな」
女は眉を
「だが、それだけではないらしい」
「一体、どういうことですか」
女の声は些か苛立っていた。男は無理矢理口の端を持ち上げた。
「怪異の世以外の領域も存在するらしい」
「……あなたが何を言っているのかわからないわ」
肩を落として弱々しく首を振る女に、男は自嘲気味に笑った。
「それに縋るしかない」
蒼白な顔。唇も紫色に染まり、頬は病人のように
「違う世であっても、この子が鬼神に喰われずに済むのなら」
「……そんな」
女は茫然とした。男が女を見つめる。ああ、この不気味な光は覚悟故かと、女はすぐさま気づいた。ならば、己も腹を括るしかない。
「赤い月の夜、世は交わる」
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