26-3 埋葬

 翌日未明。未咲、雅久、文子は御神木のある山のふもとで合流した。坂道が続くため、文子が歩くには辛いかもしれないということで、未咲と文子は真神の背に乗って運んでもらうことにした。正芳の遺骨をしまった布袋は、すっかり真神に乗り慣れた未咲が抱えている。刀を腰に提げた雅久は、念の為にと周囲を警戒しながら――朔の日が近く、朝日が昇りきらない山の中はまだ暗いからだ――真神の隣を歩いている。


「こっちの山には入ったことがなかったわ」


 文子は初めて乗る真神の背から落ちないよう未咲の腰に抱きついている。感慨深げに呟く文子から怯えは感じない。最初こそ真神を見て大きく目を見開いていたが、真神が未咲に従順な様子を見て、そして未咲はだらしなくにやけている様子を見て、可笑しそうに笑い真神を撫でるほどだった。

 流石は亡き村長の妻、といったところなのだろうか。村長という肩書きが関係あるかは定かではないけれど、正芳も文子も、物怖じせずすべてを受け止めようとする懐の深さがある。

 未咲がそう考えたことを雅久に耳打ちすると、雅久は呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて「お前も大概そうだ」と素っ気なく答えた。少しばかり嬉しそうだったのは見て見ぬふりをしてやることにした。


「あの人はわたしに、あまり多くを話してはくれなかったわ」


 文子の寂しげな声が未咲の背中を小突いた。未咲は過去に飛ばしていた意識を引き戻して思う。

 “話さないことが人を守る”こともあるのだと。

 おそらく正芳は、幼い頃自身が経験した恐怖、悲しみや苦しみから文子を守ろうとしたのだろう。知れば、文子はきっと正芳を支えようと自ら村の怪異へ関わっていったに違いない。文子はそういう類の強さを持った人間だ。そしてその強さは、文子を守りたい正芳にとっては思わしくなかった。


 そういえば雅久もわたしに話そうとしなかったなあ。と、未咲は密かに思い、雅久の横顔をちらりと見下ろした。友人だと言う雅久と正芳の考え方は、基本的に似ている気がする。友人って、考え方が似るものなのだろうか。それとも、似た者同士が友人になったのかな。未咲は一人笑みを漏らした。


「正芳さんは文子さんを大切にしているから」


 未咲の言葉は背後の文子に届いたのだろうか。黙ってしまった文子の反応を固唾を飲んで待っていると、ふ、と息を漏らす気配がした。


「そうね、本当に。隠し事は少し、寂しいけれど。すべてを明かすことが出来ないのも理解は出来るわ」

「……男の人って、女が隠し事に気づかないと思ってるんですかね! 隠し事に気づいて、でも聞けなくて、教えてもらえなくて……って、寂しいし悲しいですよねえ」

「ふふふ。そうね」


 未咲の視界に映る雅久が顔を強ばらせたのがわかって、未咲は忍び笑いした。まあ、わたしにも秘密にしていたことはあったし、隠し事をするのに男も女もないのだけれど。

 そうこう話している間に、御神木の場所へと辿りついた。桜の季節はとうに終わったというのに花を咲かせる御神木を見て、文子は息を忘れる。

 御神木の前で、未咲と文子は真神から降りた。文子が御神木を見上げて魅入っている様子を、未咲と雅久は見守った。


「考えたんだが」

「うん?」


 文子に聞こえないように配慮してか、雅久は未咲に肩を寄せて小声で話し始める。


「月夜見の加護が蘇ったわけではなく、未咲の力で花が咲いているのだろうな」


 なるほど、と未咲は頷いた。大山祇神おおやまずみのかみが言っていたのはそのことなのだろう。御神木を蘇らせたのは未咲の力で、桜が咲いたままなのも未咲の力が御神木に宿り維持されているから。村を守る力がないのは少し――いや、かなり――悔しいけれど、大好きな御神木の花を月夜見ではなく未咲が咲かせたというのは嬉しい。


「ありがとう」


 風に含まれた甘い香りを吸い込み、未咲は頬を緩ませて言った。御神木の揺れる花びらを見つめたままでいると、隣で雅久が微笑んだ気配を感じて何だかほっとした。


「此処からなら、村を見守ることが出来ますね」


 未咲は文子の背中に話しかけた。文子が振り返る。ふわり、と少女のように頬を赤く染めて嬉しげに笑った。初めて恋を覚えた少女の純粋な微笑みだった。未咲の視界を彩る桜の花びらは、可愛らしい文子によく似合う。


「そうね。きっと喜ぶわ」


 正芳の遺骨を御神木の傍に埋めることを決めると、我先にと真神が地面を掘り始めた。三人が呆気に取られて真神の様子を眺めていると、あっという間に掘り終えた真神が「褒めて」と言わんばかりに未咲の肩に鼻先をぐいぐいと押しつけた。唖然としていた未咲は一瞬のうちに頬を緩ませ真神を撫でてやった。文子は微笑ましそうにその様子を見つめ、雅久は苦笑した。

 真神が掘った穴に布袋ごと遺骨を入れ、三人で順繰りに土を被せていった。悲しくはなかった。誰もが小さく笑みを浮かべ、正芳との思い出を映した目で、土の中に姿を消していく正芳を見送った。

 ぽんぽん、と土を叩いた後、三人は両手を合わせ黙祷した。はらはらと舞い落ちる桜の花びらが三人の頭を撫でていく。


「二人とも、ありがとう」


 文子が微笑んだ。未咲と雅久は笑みを返す。

 朔の日の前日。穏やかな日和であった。

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