第25話 千年越しの縁

25-1 ヨリマシ

 十二単の女性から出された緑茶には口をつけないまま未咲が村で起こったことを話すと、大山祇神おおやまずみのかみは憂いを含んだ吐息で、そうか、とだけ呟いた。未咲の斜め右前に座っている雅久は俯き、両膝に乗せた拳を震わせている。


「して、その遺物というのは」

「これです」


 未咲は着物の帯に挟んでいた二本のかんざしを抜き取り、大山祇神へと差し出した。大山祇神はひとつ頷いた後、未咲の手から簪を受け取った。


「太陽と月か」

「雛夜さんの……元夫である男性が作ったものだと言っていました」

「そんなものを持ち続けているとは、わからんのう」


 大山祇神が簪を雅久に渡す。雅久は受け取った簪をまじまじと眺めた。


「儂ならそれを使って呪いでもかけてやるがな」

「……怖いんですけど」

「その女子にも霊力はあったようじゃな。なればこそ、呪いでその男を取り殺すことも出来たであろう。ま、月夜見に邪魔はされるであろうが」


 大山祇神は何てことのないように宣った。


「あの、雛夜さんは『ヨリマシ』というものだったらしいんですけど、『ヨリマシ』って何ですか? 気になってはいたんですが、何のことかわからなくて」

しろのようなものだ」


 それまで簪を見ていた雅久が顔を上げて答えた。


「依り代? それって、霊が取り憑くんだっけ。ええと、降霊師ってことかな」

「正しくは、“神霊”がその身に宿る」

「ほとんどのヨリマシは童子や人形がなるもの。しかし、雛夜はよほどヨリマシに適していたようじゃな」


 大山祇神が感心したように頷く。


「引き寄せ体質って感じなのかな」


 未咲は人差し指を眉間に当てて目を閉じた。自分の世界にもそんな人が居た気がする。「霊が寄ってきちゃうんだよね」とどことなく誇らしげに言う友人が。嘘か誠かは本人にしかわからないことだけれども。……その人と雛夜は違うか。


「そういうことだろうな」


 雅久が未咲に同意した。


「雛夜という女性は霊の類いを引き寄せやすいのだろう。……最期には、その体質が裏目に出てしまったんだな」

「余計に悪霊を身体に宿してしまった?」

「おそらく。雛夜自身の憎しみも相まって、彼女の中は悪霊にとって居心地が良かったと考えられそうだ」

「そんな……」


 未咲は痛ましげに目を伏せた。悪いことは、どうしてこうも集中して降りかかってしまうのだろうか。始まりは月夜見が雛夜の夫を見初めたことだけれど、連鎖するようにすべてのことが不運へと変わっていくだなんて。やりきれない思いが胃の中をぐるぐるとしている。

 そういえば、雛夜に憑いて見た夢の最後。闇よりももっと深い闇が雛夜に語りかけていた。


 ――恨めしや。憎き男の憎き子よ。殺してくれよう。さあ、さあ。


 思い出しただけで身震いする。朔の日に聞いた鬼の声とも、月夜見の声とも違う……おそらく、女性の声。何故かその声だけノイズが酷くて耳障りだったが、何を言っているか聞き取ることは出来た。

 “憎き男の憎き子”とは、一体誰のことだろう。雛夜には他の悪霊も取り憑いていたし、最後の“あれ”もきっとその類いだ。しかし、殺意が明確に、特定の誰かに向けられていた。その誰か、とは。


「それにしても、寧々という女子に雛夜の和魂にぎみたまが憑いていたとは」


 大山祇神が吐息とともに吐き出した。その拍子に未咲は思考の渦から引き戻される。


「わたしが話していた寧々さんは、最初から雛夜さんだったんです」

「その女子もまた、霊媒体質であったか」

「そういうこと、なんですかね」

「雛夜の霊力が強いとは言え、一人の人間に取り憑き、しかも身体を操り言葉を発するなど、雛夜自身の力だけでは難しいじゃろう」


 なるほど、と未咲は沈んだ表情のまま頷いた。雛夜は霊媒体質である寧々の身体を借りて未咲に接触していた。つまり、だ。やっぱりわたしはタイムスリップを経験して、過去に関わったのだ。鬼(雛夜)が生きていた時代にまで遡り、出会い、会話をし、彼女の痛みを分かち合い、そして簪をもらい、約束をした。雛夜はその時のことを覚えていた。だから、この時代に未咲が現れた時に接触してきたのだ。まるで、御伽話のような奇跡だ。

 雛夜はずっと、わたしを待っていたのだろうか。だとしたら、なんて、果てしない時間を待ち続けていたのか。未咲がぎゅっと目を瞑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る