23-2 過去と未来の約束

 未咲の言葉に、雛夜は曖昧に笑った。自分には幸せなんてないと思っている顔だった。目には諦観ていかんが浮かんでいて、世界と雛夜の間に一線を引いているように見えた。もうこの世界と自分は関係ないのだと、物語でも読むみたいに遠くから世界を見ているような。


「わたしは、これからの雛夜さんの人生が喜びで溢れてほしいって思います」

「簡単に言ってくれるね」


 雛夜が顔を逸らして鼻で笑った。


「わたしと旅をしてみませんか」

「は?」

「ほら、雛夜さんってきっと、この村から出たことないでしょ? 子どもが生まれて、その子が大きくなったら、色んなところに行ってみましょうよ。だって、世界はもっと広いんだから。この村も良いところかもしれないけど、きっと、まだまだ知らない場所も知らない人も、植物も、動物も、沢山あるんですよ。ずっと同じ場所に居るなんて、勿体ないじゃないですか」


 未咲は雛夜に希望を持ってほしかった。だから、必死に頭を回転させて、陳腐ちんぷな文句かもしれないけれど、「世界は広い」のだと、この村以外の色んな事柄に興味を持ってもらえたらと勢いに乗せて語りかけた。

 雛夜はしばらく未咲の目を見つめていた。未咲は雛夜の感情が読めず、居心地の悪さに目を逸らしたくなった。しかし、ここで逸らしてはいけないのだと自分を叱咤しったして、目に力を入れて見つめ返す。すると、雛夜がこらえきれないとばかりに吹き出した。


「なんで、あんたが必死になるかなあ」

「だって……わたし、雛夜さんが好きですし」


 雛夜は虚を突かれ、言葉にならない声を繰り返し発した。照れているのか頬も赤くなっていて、未咲の強張っていた身体がほっと緩んだ。


「よくもまあ、昨日初めて会った人間にそんなことを言えるよ」


 雛夜は呆れたように言った。未咲は頬を掻く。


「……ま、考えておくわ」

「え?」

「あんたとあたしたちの旅」


 眉尻を下げて笑う雛夜の表情は明るく見えて、未咲はぱあっと目を輝かせた。


「ありがとうございます!」

「な、なんでお礼を言うかな。あんたと話してると、調子が狂うわ。……さて、あたしはそろそろ行かないといけないんだけど、あんたはどうするの?」


 雛夜にたずねられ、未咲は唸った。


「とりあえず、村を散策してみよう、かな」

「そう」


 雛夜は頷いた後、落ち着きなく目をきょろきょろと泳がせた。未咲は首を傾げてその様子を見ていると、やがて躊躇ためらいがちに口を開いた。


「もし、今日も泊まるところがないなら、此処に戻ってきていいわよ」

「! ひ、雛夜さあん」

「情けない声出さないの! ほら、あたしは行くからね!」


 雛夜は自身にすがり付いてこようとする未咲の頭をぺしりと叩いて、慌てたように入り口の階段を昇った。未咲は叩かれた頭を抑えつつ、雛夜の背中を見送った。去り際の雛夜の頬が赤くなっていて可愛かったなあ、とにまりと頬を緩める。

 さて、そろそろわたしも動かないと。と、思いつつ、どうすれば良いのかてんでわからない。ひとまず真神がどうしているのか確認するかと、雛夜にもらったかんざしを大事に握り締めて雛夜の家を出ようとした。すると、


「うっ……!?」


突然耳鳴りがして思い切り顔をしかめた。ぐにゃりと視界も歪み、立っていられずに地面に膝をつく。

 耳鳴りも眩暈めまいも収まらない。それどころか酷くなる一方だ。目を瞑ってやり過ごそうとするも、あまりの気持ち悪さに吐きそうになる。

 息が出来ない。苦しい。気持ち悪い。じわりと涙が滲んで地面に落ちる。とうとう、未咲の意識はブラックアウトした。

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