22-2 月愛珠

「それで、あんたのその首飾りって、一体何なの? さっき、宙に浮いて光ってたみたいだけど」


 流石に見逃してはくれないか、と未咲は少々苦い顔をした。未咲自身もこの石のことを上手く説明出来そうにないが、さて、何と言うべきか。


「もしかして未咲って、巫女なの?」

「へ?」

「それも、大分霊力の強い巫女様に思えるわ」

「え、え、いや、その」


 雛夜がまっすぐに力強い瞳で見てくるので、未咲はうろうろと視線を彷徨わせた。


「……ていうか、その石、もしかして」


 雛夜は眉根を寄せて、未咲の胸元の石を凝視した。未咲はそわそわと落ち着かずにひたすら焚火を見つめた。


「――“月愛珠げつあいじゅ”?」

「……何て?」


 未咲は聞き返した。げつあいじゅ、とは何のことだろうか。理解出来ずに困惑していると、雛夜は指で顎を揉んで、さらに石に顔を近づけた。


「やっぱり似てるわ。まさかあんた、月愛珠を盗んだんじゃ」

「ま、待って! そもそも、“月愛珠”って何ですか!」


 雛夜がとんでもないことを口にしたため、未咲は慌てて雛夜を止めた。雛夜は前屈みになっていた身体を起こして、疑いの色を濃くして未咲を見る。


「本当に知らないの?」

「し、知りませんってばあ……」


 未咲はがっくりと肩を落としながら言った。この石が何なのかは、寧ろわたしが知りたい。見立てでは、月夜見の力を使うための道具、なのだけれど。


「この村が月夜見様を祀っているのは知ってる?」


 雛夜は探るように未咲の顔を見ながら訊ねた。未咲は緊張感に身体を縮めて頷く。この村が未咲が身を置いていた村に違いないのであれば、月夜見を信仰していたことは夢で見て知っているから嘘ではない。なのに、この身体に纏わり付いてくる罪悪感は何だろう。


「じゃあ、どうして月夜見様を祀っているかは?」

「ええと、月夜見様が加護をくださった、から?」

「ふうん」


 雛夜が含みのある声で返す。未咲は何か変なことを言ってしまったのではないかと焦り、無意識のうちに呼吸を浅くした。


「でも、月愛珠までは知らないのね」

「うん……おかしい、んですか、ね?」


 未咲はたどたどしく訊ねた。雛夜は、別に、と素っ気なく答えた。特に怪しんでいる様子も見えない。


「知らなくても変じゃない。一部の人間しか知らないんだから。でも、そういう話が何処から漏れるかはわからないからね。あんたみたいに村の外から来た人間が月愛珠のことを何処かから聞きつけて盗みにきてもおかしい話じゃないの」

「わたし、盗んでなんか」

「ま、うん、そうね。あたしも今日、納められている月愛珠を見たばかりだったから。あんたが盗んだとは思えないわ」

「……よかった」


 ほっと息を吐く未咲の横顔を雛夜はじっと見つめた。


「でも、本当に似てる。何処で手に入れたの?」

「あー……」


 正直に言うか、言わないか。未咲は迷った。と言っても、いつの間にか首にかかっていた、という内容であまり大したものでもないのだけれど。いや、大したものではない、ということもないか。突拍子もない話、だ。


「えっと、たまたま拾ったというか」


 未咲は頬を掻きながら言った。結局、本当のことは濁して答えた。雛夜は未咲の知らない色々な情報を知っていそうだけれど、あまり現実的でないことは軽率に言わない方が良いだろうと考えたのだ。


「そう。……月愛珠はひとつじゃないってことかねえ」


 雛夜は溜め息交じりにぼやいた。


「どういうことですか?」

「それ、さっき浮いて光ってたでしょ」

「あ、はい。そう、ですね」


 あはは、と未咲は空笑いした。それに関しては雛夜にバッチリ目撃されていて誤魔化しようがないので、肯定するしかない。


「月愛珠はね、月の光を凝縮した石なんだって」


 世間話をするように雛夜が話す。未咲は思わず胸元の石を握り締めた。「月の光を凝縮した石」というと、心当たりがある。この石が光る時、その様子を見ていつも月のようだと感じていた。


「で、月愛珠は、月に照らされた時だけ輝いて、冷たい湿り気を帯びるって聞いてる。水が湧き出すこともあるみたい。でも、あたしは実際に見たことがあるわけじゃないから、この話が確かかどうかはわからないけどね」

「そう、なんですか」


 月に照らされた時だけ、というのは当てはまらないけれど、「冷たい湿り気」に「水が湧き出す」のは実際に未咲が体感し、目撃したことである。わたしが持っているこの石は、月愛珠、という石なのだろうか。その可能性が高い気がする。


「この村にある月愛珠は、月夜見……様が置いていったものなんですか?」

「そう言われてるわね。だから大切に祀っているってわけ」

「じゃあ、元々は月夜見のものだった……?」


 未咲は口元に手を当てて考え込んだ。胸元の石が月愛珠で、元々は月夜見のものだとすれば、月夜見の子孫であるわたしが持っていてもおかしくなさそうだ。……夢から覚めたら身につけていた、というのは、まあ、神様だしそういうこともあるだろう。考えるだけ無駄な気もするのだ。大山祇神おおやまずみのかみを見ていると。


「でもさ、あんたが持っているのも月愛珠だとして、あんた、それを使いこなせてるのね。あたしたちが祀っている月愛珠が光ったことはない。月の光に当ててもね。あんた、月夜見様の血縁だったりしてね」


 からかうように笑いながら言う雛夜に、未咲はドキリとして何も言い返せなかった。

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