21-3 過去へ

 夜ではない。しかし、曇りの昼下がり。薄暗い昼の空が、村を覆っていた。未咲は隣を見る。真神は依然としてそこにいる。心臓が早鐘を打ち、未咲に異常事態を知らせた。


 目の前の家は、未咲の記憶にある木造の家屋ではなく、いつか歴史の授業で習った「竪穴式住居」に様変わりしていた。茅葺かやぶきの屋根で全体が覆われており、真ん中にぽっかりと空いた入り口は地面がくぼんでいるように見える。そういえば、竪穴式住居って、地面を円形に掘って固め、そこに木や竹で骨組みを作り茅などの植物で屋根や壁を作るのだったか。かつて授業で竪穴式住居を建ててみた覚えがあるけれど、そんな造りだった気がする。


 茫然と教科書で見た立派な住居を眺めながら過去に思考を飛ばした後、そろり、と目を動かして前庭に建てられていた筈の犬小屋を確認した。しかし、犬小屋と熊五郎の姿は跡形も無く消え去っている。未咲はぎょっとして胸の前で手を握った。


 これは明らかに過去の世界に来てしまった、のでは。


 未咲は冷や汗を流した。救いを求めて隣の真神を見る。真神はじっと家を見つめていたと思うと、未咲に顔を向けた。首を未咲の背後に伸ばして鼻で背中をぐいと押す。突然背中からかかった力に未咲はあえなく前に押し出された。


「え、な、中に入れってこと?」


 目を白黒させて真神に訊くと、真神はさらに未咲の背中を押した。ひえ、と情けない声を上げながらよろよろと前に足を出す。

 未咲は戸惑いを隠せないまま、目の前の家を見上げた。入れ、と言われても。

 直次郎から「勝手に持って行け」とは言われたものの――つまりは家に入ることへの許可だと思っている――この家は果たして直次郎と宗一郎の家なのだろうか。状況から察するに、違う気がする。けれど、このタイミングでこのような不可思議な現象が起こったということは、何かしらの意味はある筈だ。これまでの経験からすると、未咲は何かに導かれていると言っても過言ではないだろう。

 今は、この家を調べろと言われている気がする。

 未咲はごくりと喉を鳴らして、興奮して震える身体を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。


「真神は此処で……」


 待ってて、と言おうとして、未咲は口をつぐんだ。真神を此処で待たせて良いものだろうか。もし他の村人に見られでもしたら、あっという間に村中が大騒ぎになるのではないだろうか。しかし、一緒に家に入るわけにも……。


「此処で待ってて。良い子にしててね」


 結局、幼子に言い聞かせるように此処で待つよう言った。この異様な状況下で真神と離れることが得策とも思えない。だとして、真神を家の中に入らせるわけにもいかないから、家の前で待たせることしか出来ない。

 なるべく早く終わらせよう。未咲はそう決意して、真神に頷いて見せた。


「お邪魔しまーす……」


 戸のない入り口へと身を屈ませて足を踏み入れると、木の板で造られた階段が数段あることに気付いた。手すりは特になさそうだ。暗くてよく見えないが、家の中に人の気配はない。


 灯りがほしい。


 そう思った瞬間、着物の内側に隠すこともなくなった石のペンダントがふわりと宙に浮かび、蒼白く光った。まるで夜を照らす月の光のようだ。家の中が探索しやすくなり、未咲はほっと息を吐く。ふわふわと浮かぶ石を見つめ、未咲は表情を和らげた。

 わたしの願いに応えてくれるなんて、何だか生きているみたい。

 そう思うと、何の変哲もない――いや、変哲もないなんて、そんなことはない――丸い石が何だか可愛らしく見えてきた。


「ありがとう」


 つん、と人差し指で石をつついて笑う。応えるように、わずかに石が上下したような気がして未咲はさらに笑みを溢した。

 ペンダントの紐を首から外すと、石はゆっくりと浮上して室内全体を照らした。本当に月のようだ、と未咲は柔らかな光を放つ石を眺める。


「……っと、探さなきゃ」


 でも、何を探せば良いのだろう。未咲は内心首を傾げた。直次郎が「持って行け」と言ったものは、一体何だろう。それに、今未咲がお邪魔している住居は、正しくは直次郎の家ではない筈。直次郎が言っていた鬼の遺物は、此処にあるのだろうか。


 未咲は内部をぐるりと見回す。ドーム状のかまどと、かまどの天井には円形の窪みがあり、そこに土器がはめられている。かまどの横には水瓶があり、木製の柄杓ひしゃくが口造に置かれていた。住居の中央部には大きめの石で囲いが造られており、焦げた薪が放置されている。石の囲いの周りにはござが敷かれていて、住人はそこに座って食事をしたり、眠ったりするのだろう。


 確かに、此処に人が住んでいる形跡があった。未咲は今さらながら、これは不法侵入というヤツなのでは、と罪悪感を募らせる。そしてわたしは、これから鬼の遺物を盗ろうとしているんだよね。そう思うと、必要以上にきょろきょろと忙しなく辺りを見回してしまう。やけに背後が気になって落ち着かない。泥棒って、こんな気持ちなのだろうか。こんな緊張感と罪悪感を背負いながら人の家に入るなんて、気が知れない。未咲は顔を歪めた。


 というか、この家の中にあるのは鬼の遺物、なのだろうか。


 未咲はぐぬぬ、と眉を寄せた。だって、今のわたしの状況をかんがみるにタイムスリップをしているのだろうし、そうすると、もしかしてもしかすると、鬼が人間だった時代かもしれないし。


 ばったり出くわして、争いにでもなっちゃったらどうしよう。


 背中がぞわりとした。ないとは言い切れないのが怖い。

 いやでも、生前の鬼なら鬼になる前だし、大丈夫、かも? それどころか、もしかしたら話を聞ける可能性もあるか?

 未咲は口をへの字にして考えにふけった。せっかく家の中に忍び込んだものの、何を探せば良いのかもわからず、新たな不安にも気付いてしまい周囲への警戒を怠ってしまった。だから、


「――誰ですか」


背後から飛んできた凜として鋭い女性の声に、未咲は飛び上がった。勢いよく振り返ると、入り口の階段に片足を降ろした状態で、腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪の女性が、じっと未咲を見ている。女性の背後から差し込む光のせいで薄ぼんやりとしか見えないが、すっと細められた目が未咲を警戒していることを伝えている。

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