第21話 鬼の正体を辿って
21-1 懺悔と誓い
深夜。未咲は真神の背中に乗っていた。
「真神」
意味もなく真神を呼ぶと、真神が未咲を気にする気配があった。けれど、未咲はそれ以上何も言うことなく、ただまっすぐに流れていく景色を見つめた。
未咲の背中に、何かが迫ってくる感覚がある。それは鬼などではない。焦り、不安、悲しみ、寂しさ、憎しみ……様々な負の感情が未咲を引きずり落とそうと手を伸ばしてくる。そして、未咲はその中に、月夜見の気配を感じていた。力を使う度に、じわじわと未咲を侵食してくるように思えた。それがますます、未咲を追い詰めた。
わたしに宿る月夜見の力は、どれほどのものなのだろうか。今使うことが出来ている力は、わたしの中にある力のすべてなのだろうか。もし、もし、月夜見の力がまだ解放されていなくて、わたしがもっと強大な力を持っているとしたら?
――そのすべてが解放された時、わたしはわたしで居られるのだろうか?
どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
闇に包まれた夜は人を弱気にさせる。その心を
夜の山は肌寒い。未咲の肌を容赦なく突き刺していく風は、未咲を現実に押し止めてくれる。普段は寒いだの何だのと愚痴をこぼすところだが、今だけは感謝した。
しん、と静まり返っている村の前に着き、未咲は真神の背から降りた。月の光でぼんやりと浮かんでいる家や木々の影が、平凡で長閑な村を幻想的に見せて、どこか別世界のように感じる。それは蒼白い光だけのせいではない。火事が起こって、影の形が変わった原因の一つだ。それに、風に乗って鼻腔を突いていく、焦げた臭いも。
未咲はぎゅっと固く目を瞑り、襲いかかってくる激情に堪えた。しかし、今度は心の内に潜んだ闇が黒い鎖となって未咲の足に絡みついてくる感覚がして、すぐさま瞼を持ち上げる。いつの間にか拳を作り震えるほど強く握り締めていた。手のひらに爪が食い込んで痛い。
ふーっと息を吐き出して、真神とともに村の中へと入る。もうすっかり進み慣れた道だ。だと言うのに、見慣れた風景とは少し形が異なっていて、未咲は胸を冷たい風が吹き抜けていった気がした。
正芳と文子の家へと向かうと、焼け焦げて変わり果てた家がそこにあった。燃える前の形を留めてはいるけれど、今の状態では人は住めそうにない。文子はきっと、他の村人の家に身を寄せているのだろう。……他の村人の家も、被害の程度はわからないけれど。
未咲は前庭の正芳が倒れていた場所まで歩いた。確かに地面に染みこんでいった筈の血の跡はなくなっている。けれど、未咲の目には正芳の血が映っていた。
両膝をついて座り、正芳が倒れていた地面に両手で触れた。腰を曲げて深く頭を下げ、目を瞑って冷たい土に額をつける。その瞬間、未咲の世界から音が消えたような気がした。背後に、静かに佇んでいる真神の気配だけを感じる。
それは祈りだった。そして
未咲は正芳に自身の罪を告白し、怪異の前に何も出来なかった無力な自分の力を悔やみ謝った。それだけで赦されることでは、到底ない。そうわかってはいても、そうせずにはいられなかった。きっと正芳は、未咲のことを怨んでなどいない。未咲もそれに何の疑いもない。だからこそ、余計につらかった。
儂はもう長くない。そう言って雅久を頼むと未咲に頭を下げた正芳は、自身の死期を予感していたのだろうか。
「わたしは、わたしに出来ることを、します」
未咲は額を地面につけたまま言った。
鬼のことも、村のことも、雅久のことも、全部。自分に何が出来るのか、何を成せるのか、全然わからないけれど。それでも、最後まで足掻こうと決めた。全力で、立ち向かおうと決めた。
大切な人たちを守れる力がほしい。未咲はそう、切実に思う。
「例え『咲けない花』でも、わたしは――」
それは祈りであり、懺悔であった。
そして、誓いだった。
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