20-6 つまりは君が美しいと
「そういえば、雅久はわたしと初めて会った時、『神の御使いか』って訊いたよね」
突然話を変えた未咲に、雅久は何か言いたげな顔をしたが、ふう、と息を吐き出してから軽く頷いた。
「ああ、確かに、そうだったな」
「正芳さんにも『神の御使いと思われる者』って紹介したよね」
「…………そうだな」
雅久の反応が鈍い。この話題は雅久にとって好ましくないのだろうか。未咲は少し不安になる。しかし、雅久にあまり心配させたくないという思いから苦し紛れに出した話ではあったけれど、どうしても訊いてみたいことでもあった。
「雅久は最初から、わたしが月夜見の子孫だってわかってたの?」
未咲が首を傾げると、訊ねられた雅久ではなく、それまで黙って聞いていた
「え、おじいさん、何がおかしいんですか?」
「ひ、ひっ。雅久はそう言ったのだな?」
「え? は、はい」
喉を引き攣らせて笑う大山祇神に、未咲は戸惑いながら頷いた。
「大山祇神様」
雅久がいつもより幾分低い声で大山祇神を呼んだ。
「俺はただ、未咲が澄子と同じく月夜見の子孫である可能性を考えて訊いただけです。正芳にも、それを知らせようと思ってそう言いました」
「ほう、ほう」
大山祇神はわざとらしく、大げさに頭を上下させた。
「それだけじゃなかろう」
「それだけです」
「……でも雅久って嘘吐くのが上手いしなあ。確かにそれだけじゃなさそう」
「は?」
未咲が雅久を見ながらぼそりと言うと、雅久は眉を寄せて、ぐりん、と首を未咲の方へ回した。
「御神木が花を咲かせたところなんて見たことないって言ってたの、覚えてるよ」
「それは、俺の見た目からして、御神木が花を咲かせているところを見ていたらおかしいからだ」
「それを咄嗟に言えるのって、すごいよねえ」
「……未咲、からかうな」
「うん、ごめんね」
未咲はあっさりと謝った。
「あ、でも、元の世界に帰る方法は教えてほしいかな」
「……え」
「雅久、『知ってるけど言わなかった』って言ってたから」
未咲は何てことも無しに言った。すると沈黙が流れ、やがて雅久がさっと顔色を悪くするものだから、未咲は焦りを覚えた。
「ご、ごめん。あの、嘘吐いたことを責めてるわけじゃなくて」
「……帰るのか?」
「へっ」
「未咲は、帰りたいのか」
茫然自失気味に訊ねる雅久に、未咲はうぐっと喉を詰まらせたような声を出した。胸の奥から罪悪感という罪悪感が溢れ出して身体全体を支配していく。雅久が捨てられた仔犬みたいに見えて、心底慌てた。
「え、えっと、ちがう。違うからね。その、帰りたい気持ちがないわけではないけど」
「……そうか」
「いや、だから、そりゃあ、元の世界でのことをきっぱりと捨てられるほど、わたしは、ええと、強くないし。でも、だからって、帰りたいわけでもないというか」
未咲はもごもごと言い訳じみたことを並べる。
「あの、とりあえず知っておきたい、というか。さっき、御神木の加護がなくなったのは、おばあちゃんとおじいちゃんが世界を渡るのに力を使ったからって言ってたし、月夜見の力を使うってことなのかな?」
「…………そのうち言う」
「ええ……」
正解とも間違いとも言えない返事だ。沈黙が再び流れた。
「おぬしら、見ていて飽きないのう」
大山祇神が酒を呑みながら面白そうに言った。未咲は空気を読まない――いや、寧ろ読んでくれたのかもしれないが――大山祇神に、口をへの字にした。
「未咲にはもう帰る気はないじゃろ。ただ、そう簡単に望郷の念も捨てられるものではあるまい」
「ま、まあ、そうなんですけど。おじいさんにそうもはっきりと言われると複雑なものがありますね……」
「相変わらず無礼な娘子じゃ」
「すみません」
ぐび、と酒を呑みながら未咲に目を向ける大山祇神に、未咲は苦笑して謝った。
「それで、実際のところ、『月夜見の子孫の可能性がある』以外に何かあったの?」
「は、話を戻すのか」
未咲が好奇心に満ちた目で雅久を見ると、雅久は
「……かと、思ったんだ」
「え?」
上手く聞き取れず、未咲は首を傾げた。
「コノハナノ、サクヤヒメかと、思ったんだ」
おそらく恥ずかしさを堪えている声で、雅久は言った。未咲は「コノハナノサクヤヒメ」が何のことかわからず、困ったように眉を寄せ、知っていそうな大山祇神を見る。すると、大山祇神は口を押さえて震えていた。
「……どういうこと?」
一人意味を理解出来ていない未咲の呟きには、大山祇神も、発言した張本人も、答えることはなかった。
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