20-4 罪の意識
「正芳さんから、『御神木が枯れてから怪異が少なくなった』って聞いていたんだけど、それは」
「正芳にはそう感じられたんだろうな」
雅久が複雑そうな表情をして目を伏せた。
「枯れたのは澄子が未咲がいた世界へ戻った時だ。その時、御神木に宿っていた月夜見の力がすべて消えた。それまでは、御神木の力はあったんだ。……加護が与えられた当初よりは弱まっていたのかもしれないが」
「どうして月夜見の力が消えたの?」
「世界を渡るのに使われたからだろう」
雅久は唾を飲み込んでから再び口を開いた。
「正芳が『怪異が少なくなった』と考えたのは、澄子がこの世界に現われた時に鬼が澄子を狙って怪異をけしかけていたからだと思う。澄子も未咲と同じように、当時の村長の家で世話になっていた」
「正芳さんはおばあちゃんと一緒に居て、怪異に遭っていた……ってこと?」
「ああ。それは正芳から直接聞いていたから、間違いないよ。そして澄子がこの世界から居なくなり、怪異が止んだ」
「鬼がおばあちゃんを狙わなくなって、元通り、村を守る鬼神としての役割を果たすようになったんだね」
未咲はふー……と重く息を吐き出した。話が壮大すぎて、すぐには頭が追いつかない。いっそ考えるのを止めてしまいたいけれど、そういうわけにもいかない。わたしは鬼のことを――今のところどうしたら良いかはわからないけれど――何とかしたいと思っているのだから。まずこの世界、いや、この村のこと、月夜見と鬼の因縁について知らなければならない。何をするにも、そこからなのだ。
「でも本当、どうやって月夜見と鬼について調べれば良いんだろう……。村の人たちも、おばあちゃんのことさえ、あまり知らないみたいだったし。雅久も知らないなんて、調べようがないんじゃ」
「……そうだな。俺が訊いたところで答えるかもわからないし、下手に刺激しても危うい」
「そもそも鬼からすれば、雅久は裏切り者じゃろう。何の策もなしに、一人で鬼の元へ行こうとするなよ」
「え! 行こうとしていたのっ?」
未咲が
「ち、違う。それならそれで、多分未咲には何も言わずに行く」
「……」
未咲がじとりと雅久を睨むと、雅久は気まずそうに未咲から目を逸らした。未咲は雅久の様子を見て、悲しみを含ませた溜め息を吐いた。
「わたしのせいで雅久まで危ない目に遭ってるんだね」
「違う! 未咲のせいじゃない。俺が決めたことだ。だから未咲が責任を感じることはない。俺はもう、こんなことを終わらせたくて、だから、未咲と」
慌てて未咲を向いてまくしたてる雅久に、未咲はにっこりと笑った。
「じゃあ、一人で何かしようとはしないでね。必ずわたしと大山祇神様に言うんだよ」
未咲が敢えて「大山祇神様」と強調して言うと、雅久はぽかんと口を開けてわずかに静止した後、はああ、と深く息を吐いた。右手で顔を覆って俯き雅久の表情は見えない。
「……うん」
何だか子どもみたいな返事が聞こえた。未咲は無意識に大山祇神を見遣ると、彼は今にも笑いそうなところを堪えている様子だ。ぷるぷると震えているのがわかって、未咲も思わず吹き出しそうになった。
「長いこと生きていても、惚れた女には勝てぬものじゃのう」
「……やめてください」
俯いたままでいる雅久の灰色の髪から覗く耳が赤くなっているのを見て、未咲はとうとう我慢出来ずに笑ってしまった。
笑っている場合ではないのにな。未咲は声を上げて笑いながら涙を滲ませた。不満そうな表情で顔を上げた雅久が一変して心配そうに未咲を見る。けれど未咲は雅久の方を見ようとしないまま笑い続けた。これは笑いすぎて緩んだ涙腺から滲んだ涙だ。決して、泣いているわけではない。そう誤魔化せると思った。
現実逃避をしていたわけではない。いや、していた。この部屋を取り巻く穏やかな雰囲気に触発されて、村で起こったことは夢ではないかと、村に戻れば、
そんなこと、あるわけないのに。
笑いながら、笑っていることに罪悪感を抱いて涙が出てしまった。
「ごめんね」
指で涙を拭いながらちらりと雅久を見ると、雅久は未だ未咲を気遣うように見ている。ああ、心配させてしまったと自戒の念を抱いた。
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