20-3 鬼神

「ごめん、よくわからないんだけど。鬼は元々人間だっていう話は聞いたよ。でも、『鬼は神でもある』って、どういうこと? 怨みを持った人間が鬼になって、でも鬼は神で、ということは人間は神……? うん?」

「落ち着け」


 自分で言って自分でわからなくなる未咲を雅久がなだめた。


「人間の強い怨念は鬼となる。しかも、それが既に亡くなっている人間のものであれば、生きている人間のそれよりも強い」

「ええと、生きている人の怨みが鬼になるって……えっと、生き霊のことかな……?」


 未咲は米神に人差し指を当てて唸った。今まで聞いた鬼に関する話をまとめると、未咲が持っている知識では「怨霊」が一番「鬼」に近い存在だ。というより、「怨霊」を「鬼」と呼んでいるのだと未咲は理解している。とすると、「生きている人間の怨みが鬼になる」こともあるのであれば、それは「生き霊」のことだと言えそうだ。


「そして、死んだ人の怨みの方がより強い鬼になる……うん。それも何となくイメージはつくかも」


 生き霊は人間の心の一部が身体から離れて怨んでいる人間の元へ飛んでいく、というイメージが未咲にはあった。対して、死んだ人間の怨念というのは、その人の魂そのもの、ではなかろうか。未咲のその考えが正しければ、確かに死んだ人間の怨念からなる鬼がより強い、というのはもっともな話だと思える。


「でも、『鬼が神』って……つまり、人間の怨みが神様になるってことだよね」


 未咲は理解が追いつかず唇に指の腹を押し当てた。そんな未咲に、雅久は首を振った。


「何も、鬼自ら神になるわけではない」

「うん?」

「人間が勝手に、鬼を神として祀り上げるんだ」

「……どうして?」

「怨念を鎮め、神としてその土地を守ってもらうためだ」


 未咲は唖然として雅久を見つめた。次いで、その話に思い当たることがあり、軽く俯いて記憶を辿り始める。

 何だか、聞いたことのある話だ。何で聞いたんだっけ。歴史の授業とか?

 眉間に皺を刻んで、これまで積み上げてきた知識を漁った。閃きそうで、なかなか閃かない。


「あ」


 そうして暫く考え込んだ末に、未咲は目を見開いた。

 菅原道真すがわらのみちざね平将門たいらのまさかど

 他にも居たかもしれないが、未咲が思い出したのはその二人であった。

 菅原道真も、平将門も、死後に怨霊となって現世に現われ、祟りを恐れた人間たちが彼らを鎮めるべく神様として祀ったのだ。……怨霊が「神として祀れ」と要求したのだっけ。詳しい話は覚えていないが、怨霊が神となる例は、元の世界にも存在している。

 それが、この村でも行われたのか。


「あの、でも、その」


 未咲は口ごもった。

 だけれど神として祀られた鬼は村を守っていないじゃないか。

 そう言おうとしたが、口が上手く動かなかった。言葉にすればまた、村で起こった凄惨せいさんな事件が思い起こされて、腹の底に居座っている闇が未咲を引きずり落とそうとしてくるのだ。


「鬼はまだ、村には直接手を下していないぞ」

「え? でも……」


 大山祇神おおやまずみのかみは困惑する未咲を横目に話を続ける。


「村を襲ったのは、鬼の瘴気しょうきに誘われた奴らじゃろう」

「……怪異に取り憑かれた宗一郎さんは、わたしを探してたって聞きました」

「うむ。月夜見を怨んでいるのは、何も鬼だけではあるまい」


 未咲はびくりと肩を震わせた。


「鬼の瘴気に影響を受けたこともあるじゃろうが、月夜見は境界を一度塞いでおる」

「それだけで怨まれるんですか……?」

「ま、一部には自由を奪われたと思ったモノもおるじゃろうな」


 未咲にはいまいちピンと来ないが、大山祇神がそう言うのであれば、確かに月夜見に怨みをもつモノは居るのだろう。そんな彼らが鬼の怨みと共鳴した……というより瘴気に当てられて怨みが強まり村を襲ったのかもしれない。

 と、そこまで考えて、未咲は頭をもたげた違和感に首を傾げた。


「あの、御神木って、月夜見が加護を与えた……ええと、結界なんですよね? わたしがこの世界に来る前は枯れてたみたいだけど、今は桜を咲かせてますし、加護が元に戻ったんじゃないんですか?」

「花が咲いているから加護が生きていると安易に考えぬことだな」

「……嘘」


 未咲は呆けたように呟いた。今の大山祇神の言い様では、あの御神木の加護は消えているということになる。では、今まで怪異が村を襲わなかったのは何故だ? 御神木が村を守っているわけではないのならば、先ほどの鬼の話を考えると、答えは一つ。


「鬼が、村を守ってたってこと、なの?」


 大山祇神と雅久が同時に頷いた。未咲は視界が揺らぐのを感じた。

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