20-2 鬼を知る

 大山祇神おおやまずみのかみは暫く未咲を見ていたと思うと、膝に肘をついて崩していた姿勢をまっすぐに正し、口を開いた。


「未咲、おぬしは『鬼を殺す』と言ったな。今も変わらぬか?」


 言葉で殴られたようだった。未咲は自身の口から零れた怨念が信じられず、視界がかすんだように思えた。己を燃やした鬼への激しい怒りは「自分のものではなく他の誰かの感情だったのではないか」と感じるほどだった。


「……よく、わかりません」

「何故そう思う」


 未咲は胸の辺りがもやもやとして、両手を擦り合わせた。いたずらに指を揉んで、目をあちらこちらにやりながら言葉を探す。


「わたし、鬼はただ悪い存在なんだって思ってました。でも、元は人間だと話を聞いて、どうして、月夜見を怨んで鬼になってしまったんだろうって、気になるんです」

「うむ」

「鬼がしたことは、赦せません。それは、何を聞いても変わらない。でも……」


 未咲は大山祇神をまっすぐに見つめた。


「知りたい、です」

「何を知る」

「何故、鬼が鬼になったか」

「知ってどうする」

「わかりません」


 未咲は大山祇神の問いに動じること無く首を振り、


「知ってから考えます」


と、言い放った。


「ハッ!」


 大山祇神は目をガッと開いて、未咲の思う神のイメージとはかけ離れた凶悪そうな笑みを浮かべた。未咲はぎょっとする。


「それがまことであれば、大国主神おおくにぬしも扉を開けるやもしれんなあ」

「大国主神? 扉?」

「深く気にすることはない。知りたいという心がまことであれば、鬼を辿る内に扉は開かれよう」

「は、はあ……」


 未咲は大山祇神の言うことがまるで理解出来ず、隣の雅久に視線で助けを求めた。しかし、雅久もまたわからないのか、黙って首を振った。


「大山祇神様の言うことは時々よくわからない。適当に物を言うことも多いからな」

「……雅久って、本当におじいさんのこと敬ってるの……?」


 雅久の物言いに未咲は疑いの目を向けた。いや、もしかしたら「信仰があつい」という言葉には「大山祇神様への」という意味が抜けているのかもしれない。他の神様への信仰心のことなのかも。未咲はそう思い直した。


「雅久が信仰しているのは儂ぞ」

「ええー……」


 ほとんど反射的に、猜疑心さいぎしんに満ちた声を上げてしまった。大山祇神は不満げな表情をする。


「信じておらんな」

「ま、まあ」

「可愛げのない女子じゃのお」


 大山祇神はこれ見よがしに溜め息を吐いた。未咲は唇を尖らせつつ、話を戻そうと口を開いた。


「鬼のことを知りたいとは思うんですけど……どうやって調べれば良いんでしょうか。あ、雅久は何か知ってる?」

「……実のところ、鬼について知っていることは少ない。いつも泣いているか、怨み言を吐くかのどちらかで、俺も詳しくは知らないんだ」


 雅久は申し訳なさそうに言った。未咲は大山祇神を見遣る。


「おじいさんは神様だし、何か知っているんじゃないですか?」

「知っていたとしても教えんぞ」

「え!」

「何を驚いている。儂は人間の面倒ごとに介入するのは好かぬ。気が向けば教えてやらんこともないが、おぬしが自分で辿り着かなければ意味もない。表だけ取りつくろうても鬼神きしんは救えぬぞ」


 大山祇神の言いぐさに、このおじいさんは本当に神様なのだと未咲は思った。人間の姿形を取っているが故に、神様だと言われてもぱっと見人間にしか見えず、油断していると鋭い言葉でぐさりと刺される。

 むむ、と眉をひそめた時、未咲は違和感に気付いた。


「きしん?」

「うむ」

「きしんって、鬼に神って書いて、鬼神ですか?」

「そうだな」


 大山祇神の代わりに雅久が頷いた。未咲は数度瞬きを繰り返し、雅久と大山祇神の顔を順々に見た。


「……え?」


 大きく首を傾げる未咲に、雅久と大山祇神はちらりとお互いを一瞥いちべつした。大山祇神が顎で雅久を促すと、雅久は考え込む未咲に声をかけた。


「未咲」

「う、うん」

「鬼は神でもある」

「…………え?」


 今度はたっぷりと間を空けてから聞き返した。何かを返す前に頭を整理しようと思ったのだが、整理どころかぐちゃぐちゃに謎が絡み合って終わってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る