第20話 道筋

20-1 大山祇神

 未咲と雅久は老爺の屋敷へと戻った。

 気を遣ったのかいつの間にか姿を消していた真神は、二人が戻ろうとする気配を感じ取ってか颯爽さっそうと彼らの前に現われ、老爺の屋敷へと二人を運んだ。未咲はそんな真神に驚きつつも、真神の可愛さにデレデレと頬を緩ませ盛大に真神を褒めた。雅久は未咲と真神のじゃれ合いに苦笑を浮かべたものの、優しい目で彼らを眺めていた。


 真神に礼を言った後、屋敷――中が豪奢ごうしゃであると知ってしまったから、もうボロ小屋とは呼べそうにない――の中に入ると、いつもの部屋で老爺が待ち構えていた。老爺は未咲と雅久の姿を認めると、にんまりと笑った。どことなく厭らしく感じるのは気のせいだと信じたい。未咲は気恥ずかしさを感じながらそう思った。


「話は出来たようじゃな」

「はい。ありがとうございます」


 にやにやと笑う老爺に、雅久は律儀に頭を下げた。未咲は老爺の表情に引っかかりを覚えつつも、雅久にならってぺこりと一礼する。


「あ、あのう……そろそろおじいさんが誰なのか、訊いても良いですか?」


 未咲はそろりと右手を挙げて老爺に尋ねた。老爺は目を丸くする。未咲の隣で雅久もきょとんとして未咲に顔を向けた様子がわかって、未咲は居心地悪く肩を縮こまらせた。誰にも教えてもらったことがないのに、どうして肩身の狭い思いをしなければいけないのだろう。


「知らなかったのか?」

「知らないよっ」

「教えてなかったかのう」

「教えてもらってません!」


 未咲はぷりぷりと怒って、用意されている座布団の一つに大股で近づき、どんっと座った。未咲の背後で苦笑を漏らした雅久もまた、未咲の隣に置かれている座布団の上に正座した。


「あなたは誰ですか」


 未咲はキッ、と強い眼差しを老爺に向けた。老爺は面白いとばかりに目を細める。


「ほうほう。流石は月夜見の力を受け継いでいるだけある。自信のなさそうな頼りない娘子かと思えば、牙を剥く時もあるようじゃな。おお、怖いもんじゃ」

「おじいさん!」

「未咲、失礼だぞ」


 語気を強める未咲を、隣から雅久がたしなめた。未咲はむっとした表情で雅久を見たが、雅久がもう一度「失礼だ」と言うと、へにょりと眉尻を下げた。


「雅久は信仰があついからなあ。儂への無礼は雅久に嫌われるぞ」

「えっ」

「お、大山祇神おおやまずみのかみ様、あまり、そのようなことは」

「はーっはっは! 雅久が狼狽うろたえる様など初めて見た気がするのう!」


 老爺は膝を叩いて笑った。雅久は恥じるように顔を背ける。


「さて」


 と、老爺は不敵に笑い、未咲を見据えた。その眼力の鋭さに未咲はごくりと息を呑む。


「我が名は大山祇神である。今はこのような姿をとっておるが、若い人間の姿なればそれはそれは美しい……」

「大山祇神様」

「おっほん」


 とがめるような雅久の声に、老爺、もとい大山祇神はわざとらしく咳払いした。未咲は目をぱちくりさせて彼らの様子を眺めた。雅久は信仰が篤いと言われたばかりなのだけれど、これだけ見ると雅久の立場の方が大山祇神より上に見えてしまう。彼らは良い関係が築けている、と考えれば良いのだろうか。


「……今までの無礼を、謝った方が良いんでしょうか」


 未咲は迷いながら訊いた。今さら老爺が神様だと聞いても――神様ではないかと疑っていたとはいえ――いまいちピンと来ない。


「あーよいよい。あれはあれで面白かったぞ。儂を幽霊ではないかと疑っていたのも思い返せば愉快である」

「……そんなことをしていたのか、未咲」

「ごめんなさい」


 雅久がわずかに眉を寄せると、未咲はすかさず謝った。大山祇神はくくっと笑う。


「さて、本題に入るか。おぬしらがこうして儂の前に来たということは、いよいよ腹をくくったか、雅久」

「はい。……ですが未咲には」

「ならぬ。鬼のことは雅久一人でどうにか出来る問題ではない。大体、どうにも出来ぬから今もこうしているのではないか」


 雅久は押し黙った。未咲は困惑して雅久を見つめた。しかし、雅久は未咲を一瞥いちべつするだけで、すぐに視線を落とした。諦めて大山祇神を見ると、大山祇神は口の端を持ち上げて未咲の様子を観察しているようだった。

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