第19話 雅久の真実

19-1 昔話をはじめよう

 未咲と雅久は真神に乗って、再度コバルトブルーの池の前を訪れた。そういえば、あの事件からどの程度の時間が経っているのだろう。未咲は空を見上げる。ふとあの凄惨せいさんな光景が蘇り、びくりと肩を震わせた。頭上には清々しい青空が広がっているのに、未咲の目に映るのは炎と、血と、正芳や宗一郎の死に間際の顔だった。


「未咲っ」

「あ……ご、ごめんね。ぼーっとしちゃった」


 雅久の焦燥を滲ませた声に、未咲は我に返って苦笑を浮かべた。


「いや、無理もない。……」


 雅久は柔く微笑んでから、何かを考え込むように目を伏せた。


「雅久?」


 未咲は表情に心配を滲ませて雅久を見遣った。雅久は躊躇ためらいがちに口を開く。


「俺を、恨んでいるだろうか」

「え?」

「俺が宗一郎を殺したろう」


 雅久の言葉に、未咲の胸がずきりと痛んだ。確かに、宗一郎にトドメを刺したのは雅久だ。けれど、それでどうして雅久を恨むことが出来ようか。だって、あの状況では――人が死んでいる状況で「仕方なかった」とは言いたくないけれど――仕方なかった。雅久が宗一郎を、そう、しなければ、わたしは宗一郎に殺されていただろう。それに恐らく、宗一郎に取り憑いた怪異から彼を解放するには、ああするしかなかった。いや、もしかしたら、わたしの力が使えたなら宗一郎を救えたのかもしれないが。だとすれば、宗一郎が死んだのは雅久のせいではなく……わたしのせいだ。わたしが、宗一郎を怪異から救えなかったから。


「恨むわけないよ。雅久のせいじゃない。雅久は、わたしを助けてくれた。……村のことも、宗一郎さんのことも、正芳さんのことも、わたしのせいだし」


 だから、責められるべきは、恨まれるべきは、わたしだ。未咲は唇をわななかせた。


「未咲のせいではない。鬼と……鬼を抑えられなかった俺のせいだ」

「それは」


 未咲は途中で言葉を呑み込んだ。視線を地面に落とし彷徨さまよわせた後、


「雅久が怪異から村を守っているって話……?」


と、雅久を見上げて言った。雅久は頷く。


「そうだ。俺は、正確には、鬼の怨みが村に向かうのを抑える役目を負っている」

「……え?」

「こっちへおいで」


 雅久は困惑している未咲の手を握って歩き出した。幼い子どもを、いや、まるで恋人を誘うような甘やかな雰囲気のする声色に、未咲はきゅんとした。しかし、すぐさま自分を律するように唇を噛んだ。こんな状況でもときめくなんて、わたしは薄情な人間なんだ。冷たくて、残酷で……最低。


「未咲、大丈夫だ」


 雅久の優しい声が未咲の耳を撫でる。未咲は無意識のうちに身体の力を抜いた。

 二人で木陰に腰を下ろし、しばらくさやさやと葉を揺らす風をただ感じていた。


「何から話せば良いか」


 ふいに雅久が呟いた。未咲は右隣に座る雅久の横顔を見つめた。未咲は、先ほど雅久が言った「鬼の怨みが村に向かうのを抑える役目」が気になって仕方がないけれど、雅久の寂しそうで、悲しそうで、泣き出しそうな表情を見れば、彼の話を静かに待つほかなかった。


「俺の話は、きっと未咲を傷つける」

「……うん」

「それでも、聞いてくれるか」


 雅久は苦しそうに顔を歪めて続けた。


「未咲にだけは、絶対、話さない方が良い。わかってる。わかっているんだ、そんなことは。でも、俺は……」

「雅久」


 未咲は雅久の左手に自身の右手を重ねた。


「雅久は、わたしを傷つけるかもしれないって考えて、自分が傷ついてるんだね。……ありがとう、わたしを守ってくれて。でも、わたしも、雅久のことを守りたいから。だから、雅久の話が聞きたい。あなたの痛みを、わたしにも分けてよ」


 ぎゅ、と雅久の手を握って、未咲は微笑んだ。


「傷ついても良いの。あなたがくれた痛みなら、それすらも愛おしいんだよ」

「……そうか」


 雅久は噛みしめるように返し、目を伏せた。雅久は虚空を見つめたまま唇を開いた。


「俺を愛したら、身を滅ぼす。俺が相手を愛しても、相手が滅ぶ」

「……何、それ」

「お前の祖父は、それをよくわかっていたよ」

「え?」


 未咲は大きく目を見開いた。


「だから、お前の祖父は、澄子を別の世界へ連れて行ったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る