第17話 奪われしもの
17-1 君はつよい子だよ
「ころす」
醜い笑みを浮かべたままそう言った宗一郎は、すっと表情を消したかと思うと突然血を吐いてがくりと意識を失った。脱力した宗一郎に、彼を羽交い締めにしていた男性が後ろに倒れ、尻と背中を地面に打ち付けた。
未咲は硬直していた身体の制御を取り戻し、それでも上手く動いてくれない手足を必死に動かして真神の背から降りる。地に着いた足に力が入らず、ぐわりと視界が揺れて倒れ込んだ。熱気とともに血の匂いが鼻腔を突いて吐き気がする。四つん這いで胃からせり上がってくるものを空唾を飲み必死に押し止めた。
わずか後、熱風に血の匂いが紛れていたことにカッと目を剥いて、勢い良く顔を上げた。
気を失った宗一郎と、先ほどまで彼を取り押さえていた三人の男性、彼らの近くに無造作に転がっている赤く濡れた刀、そして、燃え盛る家の前で泣きじゃくって何かを叫んでいる文子と、彼女の腕に抱えられている――正芳。
「正芳さん!」
未咲は弾かれたように正芳と文子の元へ駆け寄り、彼らの傍に両膝をつく。顔面を真っ青にしている正芳の身体は、左肩から胸の辺りまで斬り裂かれていた。出血が激しく、着物は赤黒く染まり、だらりと投げ出された腕から地面へと血が伝っている。未咲の全身から血の気が引いた。
まさか、宗一郎が正芳を斬った? もしかして村に火を放ったのも宗一郎なのか。正芳は死んでしまったのか。いや、か細いけれど息がある。早く血を止めないと。でも、どうやって、だって、こんなの初めてで、どうしたら、いや、このままじゃ、本当に、死んで――。
「そこから離れろーっ!」
誰かの怒声にハッとして、未咲は熱風と白煙に呼吸を奪われていることに気づいた。文子もまたゲホゲホと咳き込んでいる。ああそうだ、目の前に炎が迫っているのだ。焼けるように熱い。当たり前だ。ここに居れば、全員身体を焦がして死んでしまう!
「ま、真神……!」
真神の背に乗せてもらって一旦この場から離れようと、未咲は真神を呼び寄せた。しかし、すぐさま正芳を乗せることが出来ないと気付いた。重傷を負い、今もまだ血が止まらない正芳をどうやって乗せられるだろうか。意識を失った人間を運ぶのに、女性二人では力が足りない。ならば宗一郎を抑えていた男たちに頼るかと彼らの姿を目で追えば、彼らは宗一郎を火の手から離れた場所へと運び、宗一郎と一人を残して消火作業へと走ったようだった。
「真神、文子さんを連れて行って! 文子さん、すぐここから離れて下さいっ」
「え? で、でも……!」
「真神、早く!」
ゲホ、と未咲が咳き込む間に、真神はいつか雅久にしたように文子を
守らなくちゃ。守らなくちゃ守らなくちゃ守らなくちゃ!
未咲はただそれだけを心の中で何度も何度も繰り返す。背中に熱と痛みを感じながら、月夜見の力で正芳の怪我を治して村を燃やす炎も消すことが出来ないかと、雅久や真神を治した時の蒼い光が胸元の石から放たれることを期待した。しかし、治れ治れと懸命に念じても反応がない。
どうして何も起こらないの!?
焦りばかりが身を焦がし、今まで大人しくしていた汗がぶわりと吹き出してきた。メラメラと踊り続ける炎の影と身体の内側から侵食してくる熱で気がおかしくなりそうだ。
ぽたり、といつの間にか溢れていた涙が正芳の額に落ちた。微かに
「ま、正芳さ……ごめ、ごめんなさい、わたし、う、うまく、できなくて……っ」
涙で視界がぼやけて正芳の顔がよく見えない。正芳が酷く苦しんでいるというのに一人で泣き出してしまうなんて、本当に情けない。止まれ止まれと強く言い聞かせても、とめどなく涙は溢れる。
「みさき」
正芳の弱々しい声に、未咲はギクリとした。正芳の声を聞き逃さないように全神経を集中させる。
「だ、いじょうぶ、だ」
「な、何? 大丈夫って、そんな、わけ」
何度も瞬きをして涙を振り払う。先ほどより幾分か鮮明になった視界の中で、正芳が蒼白い顔で口の端をほんのわずか持ち上げた。
「みさきは、つよい、子だ」
今にも消えてしまいそうな声なのに、その言葉はハッキリと、一言一言が力強く未咲の耳に届いた。未咲は目を見開き、わずか後、涙ながらにキッと表情を引き締めた。
「――はい」
未咲が頷いたことを認めた後、正芳は満足げに微笑んで
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