16-4 ボロ小屋の不思議

 ボロ小屋に入り、未咲はあんぐりと口を開けた。外から見た小屋は今にも崩れそうなボロ屋であった筈なのに、内装は立派な御屋敷という感じで、そもそも広さ自体が外から見た印象とまったく釣り合わない。上がりかまちの先には真新しい若草色の畳が敷かれ、奥にはとこの間もあり、壁に水墨画の掛け軸がかけられている。ふすまには紅葉が描かれており、黄色から鮮やかな赤色に移り変わる美しいグラデーションが見事だ。どう見ても、ここはボロ小屋ではない。


「なにこれ」


 未咲は茫然ぼうぜんと呟いた。老爺は愉快そうに笑うだけで、どういうわけかは説明してくれそうにない。


「先程の無礼は許そう。早く上がらんか」

「あ、ありがとうございます」


 釈然しゃくぜんとしない気持ちで礼を述べ、複雑な表情をしながら上がり框に足を乗せた。老爺が顎ですみれ色の座布団を示したので、未咲はおずおずと畳を踏んで座布団の上に正座した。


「呑むか」


 老爺は床の間に置いていた酒瓶を手に取って未咲に見せた。未咲は無言で首を振る。


「儂の酒が呑めないというのか。まこと、無礼な人間じゃな」


 未咲の向かいの座布団に老爺はどかりと座り胡座をかいた。早速酒をあおる老爺を見て、未咲は頬をひくりと引き攣らせた。この世界に成年・未成年の概念があるかは知らないが、まだ子どもの括りであるわたしに酒を勧めないでほしい、と未咲は思った。

 それよりも、気になるのは老爺の言い回しである。無礼な人間だ、という言い方は、もちろん人間もする時があるのだろうけれど、今までの老爺の話――月夜見のこと、未咲が月夜見の血筋だと知っていること等――からすると、もしかして、という思いが芽生える。


 もしかしてこの人、神様だったりする?


 未咲はそっと老爺の様子をうかがった。老爺は酒を呑んではまた呑んでを繰り返している。あまりに美味しそうに呑むものだから、何だか未咲もその酒を呑んでみたいと思えて空唾を飲み込んだ。


「失礼いたします」


 未咲から見て右側の襖がす、と開いた。びくりと肩を震わせてそちらを見ると、艶のある長い黒髪を真ん中分けにして後ろへ流した女性が両手をついて深く頭を下げていた。顔を上げた女性はふっくらとした顔立ちで、きめ細やかで滑らかな白い肌をしていた。身にまとっているのは藤紫ふじむらさき唐紅からくれないなど鮮やかに彩られた十二単で、未咲は一気に異空間にでも迷い込んだ気持ちになった。既に異世界には迷い込んでいるのだけれども。

 女性はしずしずと部屋へと入り、未咲の前に緑茶を注いだ湯飲みを置いた。未咲はぼんやりとその様子を見つめていたが、ハッと我に返り、


「あ、ありがとうございます」


と、動揺をにじませた声で礼を述べた。女性は一礼し、部屋を出る際に再度頭を下げて襖を閉めた。一つ一つの動作が美しく、どこか人形めいて見えた。未咲は、無意識のうちに緊張していたことに気づき、ふう、と息を吐き出す。


 ところで、このボロ小屋、もとい屋敷には老爺と未咲以外の気配を感じなかった。未咲が特別鈍い、というわけではないと思う。気配を感じないほどにこの屋敷は広く、奥まった場所であの女性がお茶の準備をしていたのだろうか。それにしても、この部屋に近づいてきた時に気配を感じても良い筈なのに。


 未咲は下唇をんだ。やはり目の前の老爺は人外なのではないだろうか。狐や狸に化かされているという可能性もあるが、それにしては老爺の雰囲気が狐や狸などの類いとは思えないほど高尚に感じる。となると、先ほど考えた通り、神様なのだろうか。


 未咲は頭をもたげた可能性を心の奥底にしまい込もうと決めた。いっそ神様でも狸でも構わないけれど、もし神様だったとしたら、わたしは神様の言った通り随分無礼な真似をしている。それを今更そのことを口にして難癖をつけられるようだと、たまったものではない。それに、神を前にした時の礼法などわからないのだ。老爺は話をしてくれるようだし、このままそっとしておこう。

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