15-5 未咲の決意

「そ、そうだ。正芳さん、これ見たことありますか?」


 にじんだ涙を手の甲で拭い、未咲は胸元からペンダントを引っ張りだして正芳に見せた。正芳は身を乗り出して、未咲の手の平に乗せた石を凝視する。


「いや、覚えがないな。これは何処で?」


 首を傾げる正芳に、未咲は少々落胆した。祖母のことを覚えている正芳なら、もしかすると見たことがあるのではないかと期待していたのだ。


「実は、夢を見た後に突然現われたというか」


 正芳は目を見張り、姿勢を戻してからふう……と溜め息を吐いた。


「未咲の周りでは実に不可思議なことが起きるな。やはりこれも、月夜見様のお力なのか」

「そう、かもしれません。わたしが山に迷い込んで大きな蛇に襲われた時も、この石が光りました。光ったと思ったら白い狼が助けてくれて、それから、その狼と雅久の怪我を治した時もこの石が光ったんです」

「白い狼?」

「はい。とても大きな狼で、この石が現われた時に見た夢で会いました。現実で出会ったのは、その時が初めてです」

「怪我を治したというのは」

「多分、それも月夜見の力なのかなって。石が光って、それと同じ光が雅久と狼を包んで、怪我を治しました」


 未咲は手のひらの石をぎゅっと握った。あの時のことを思い出すと、今でもぞっとする。大蛇に襲われたこともそうだけれど、もうあんな怪我をする雅久や白狼を見たくはない。

 正芳は薄く口を開けて未咲の様子を見つめていたと思うと、天井をあおいで大きく息を吐いた。それから顔を戻し、眉間のしわを指でむ。


「未咲には本当に驚かされるな」

「す、すみません」

「いや、謝ることはない。これまで生きてきて色んな人間に会ってきたが、旅の僧もそんな力は持っていなかった。それ故に、驚いてしまってな」

「わたしが嘘を吐いているとは思わないんですか?」

「何を言うかと思えば」


 正芳は可笑しそうに笑った。


「未咲がそんな嘘を吐く必要はないだろう。事実、山から戻ってきた未咲と雅久には怪我がなかった。あんなにもぼろぼろだったというのに」

「ありがとうございます」


 未咲は頬を染めてはにかんだ。信じてもらえることが嬉しい。わたしだって、月夜見の血筋だとか、神様の力を使えるだとか、まだ半信半疑なところもあるというのに。正芳は馬鹿な考えだと否定せずに、じっくりと話を聞いて、自身の経験や知識をもって一緒に考えてくれる。それがどんなに心強いことか。


「わたし、この力をどうにか使いこなせないかと思ってるんです。今は使い方がよくわからないけど、使いこなせるようになれば……」


 鬼を倒せるかもしれないし、という言葉を未咲は心の中で続けた。鬼が何故月夜見を怨んでいるのか、真実はわからないけれど、それで村に危険が及ぶとなれば、やはり倒すことが第一だと思う。

 一人で村を守り続けているという雅久も、鬼が居なくなれば自由になれるだろうか。未咲は雅久の切なく眉根を寄せた表情を思い浮かべた。


「あの、わたし、雅久に思いっきりフラれちゃったんですけど、もう一回雅久に会ってきます!」

「ふ、フラれた?」

「うん。何か、納得も出来ないし! まだ知らないことも沢山あるし! 大人しく引き下がるのも悔しいから、良い子ぶるのもやめます!」

「……そうか」


 正芳は未咲の勢いに気圧けおされたようにぎこちなく頷いた。未咲はそんな正芳の様子に気づかず宙を見つめて闘志を燃やした。


「調べたいこともあるし、雅久にも会いたいし、やることも出来ることも沢山あるんだから。頑張りますね!」


 未咲は自身をふるい立たせるように、にかっと明るい笑みを浮かべた。正芳は呆気に取られ、やがて、


「若いなあ……」


と、仕方のない子どもを見るような目で苦笑した。

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