15-4 謝罪と後悔

「未咲、儂は未咲が月夜見様だと思ったのだ」

「え? はい、えっと、さっきそう言ってましたよね」


 ふいに脈略のないことを言い出す正芳を、未咲はいぶかしげに見た。正芳は何かを悔いるように眉間に皺を寄せている。


「だから、未咲がこの村に留まってくれるよう、知っていることを隠してしまった」


 未咲は言葉を失った。正芳が何か隠していることは察していたけれど、まさかそんな理由だったなんて。


「今思えば、浅はかなことだ。月夜見様の御加護ほしさに、未咲の自由を奪おうなどと」

「でも、おばあちゃんのことも、鬼のことも、教えてくれました」

「それこそ、儂が愚かであったのだ。悪にもなり切れぬ、半端ものであった」


 ああ、そうか。未咲は悟った。

 正芳には正芳の葛藤かっとうがあったのだ。月夜見の加護が消えて、村を守るものがなくなって、だけれど鬼は存在する。そんな状況で未咲がこの世界に現れ、御神木を蘇らせた。月夜見の再臨と思われてもいたし方ないし、その力をこの地に留めておきたいという気持ちは、未咲にも理解は出来る。そして、正芳の優しさが嘘でないことも知っている。責めようとは思えなかった。


「すまなかった」


 正芳が深く頭を下げた。未咲は慌てて頭を上げるよううながした。


「ぜ、全然、わたしは大丈夫です! 正芳さんの村を大切にしている気持ちもわかってますし、わたし、本当に気にしていません!」


 そう未咲が言っても、顔を上げた正芳の表情は暗いもので、未咲は言葉を続けた。


「それに、わたしだって、正芳さんたちの優しさに甘えて、元の世界に戻る方法もろくに探せていなかったというか……自業自得だし……その」

「未咲は優しいな」


 申し訳なさそうな表情をして微笑む正芳に、未咲はぐっと言葉を詰まらせた。


「ち、がいます。わたし、優しいとか、そんなんじゃない。情けないけど、口では色々と言える癖に、行動が伴わないというか。自分では覚悟してるつもりだったり、前に進んでるつもりだったりしたけど……でも、所詮しょせんは“つもり”で。つまり、その、臆病者なんです」


 未咲はあはは、と空笑いした。胸がざわざわとして、何処か焦ったように、早口で喋り続ける。


「他人に対しても、嫌われたくないって思って、相手に合わせちゃう時もあるし。何て言うか、そっちの方が楽だったりもするから。あ、そう……楽な方に逃げがちっていうか、ほんと、情けなくて」

「未咲」


 正芳はそんな未咲を見て、柔らかく名前を呼んだ。未咲はぴくりと反応して口を閉ざす。


「自分をそうおとしめるな。『こうしなくてはならない』と、自分自身に無理強いしなくても良い」

「え……」

「未咲自身のことは、未咲が納得出来ればそれで良いのだ」


 まるで御神木の下で感じる風のように、優しく包み込んでくれるような笑顔だった。未咲は声を出すことも出来ず、じわじわと涙が込み上がってくる感じがして、ごくりと唾を飲み込んだ。そうしないと、またぼろぼろと泣いてしまいそうだった。すん、と鼻を鳴らして、へにゃりと笑う。


「優しいなあ、おじいちゃん」

「ははは! 普段からそう呼んでくれても構わんぞ」


 正芳は明るく豪快に笑ってみせた。未咲も釣られて声を漏らして笑う。


「それと、未咲は強い」

「そう、でしょうか」

「そうだとも。自分のことをそれだけわかっているのだ。自分の弱さや欠点を理解している人間はな、その弱さが表に出てきた時に自覚が出来る。そうして、考えることが出来る。自分の弱さをどう受け入れ、どう立ち向かうか。未咲はそれが出来る強い子だと思っているよ」

「ま、正芳さあん……」


 未咲は情けない声を出して目を潤ませた。泣くまいと思ってえていた筈なのに、最近はどうにも涙腺が緩みがちで困ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る