13-2 桜の下で、お待ちしています

 待てども、雅久は来なかった。六月(水無月)に入っても未だ咲き続ける桜の下で、未咲は雅久を待っていた。

 まだ朔の日まで時間はあるけれど、雅久と話が出来ないまま朔の日を迎えてしまったらどうしよう。数日前に大蛇と戦った時、雅久は大怪我をした。未咲の知らないところで、また雅久があんな怪我をしたらと思うと気が気でない。


 正芳が「鬼は澄子さんを狙っていた」と言っていたように、今はきっと、その血筋である未咲を狙っているのだろう。しかし、それは未咲以外を襲わないという保証にはならない。だからこそ、この村には「朔の日の夜は外出しない」というルールが出来たのだろうし。

 あと十日ほど待ってみて、その後はわたしから探しに行こう。それ以上は待たないんだから。未咲はそう決めた。確かめたいことや調べたいこともあるのだけれど、最優先は雅久だ。


 それから、未咲は村と御神木を往復する日々を過ごした。昔の日本のようなこの世界は、四季の移り変わりも未咲が居たところと変わりなかった。六月に入ったこの村は梅雨を迎えていて、空が雲に覆われ灰色になることも増えてきた。時折雨も降るが、未咲はすげ笠を借りて御神木の場所まで歩いた。足は雨に濡れ、泥も跳ねて感触が少々気持ち悪かったが、それでも構うことはなかった。正芳と文子は、雨の日に山を登るなんて、と心配そうだったけれど。


 その日も、雨が降っていた。しとしとと降る雨は、誰かが泣いているようにも思えた。


 御神木は、相も変わらず桜が咲き誇っている。誰が見ても奇妙な現象だけれど、最近の未咲は、御神木は自分のように不思議な力を持っていて、それで桜を咲かせ続けられるのだろうと考えていた。枯れる前も、こうして年中花を咲かせていたのだろうか。

 両手に濡れたすげ笠を持ち、未咲は御神木に寄り掛かって空を仰いだ。花の桃色と、枝の茶色、その隙間から覗き見えるどんよりとした灰色。落ちてくる筈の雨粒は、未咲を濡らさなかった。


 雅久を待ち続けて、今日で十日目だ。今日も会えなかったら、明日は探しに出掛ける。雅久が何処に居るのかはわからないし、途方もない行為だとは思うけれど、それでも諦めようとは思わない。


 肌寒い風が肩を撫でて、未咲はぶるりと身体を震わせた。濡れた足元からもどんどん熱を奪われていくみたいだ。こんな時は、どうしてか心細くなる。雨の日は、何だか寂しい。

 緑が混じった地面をぼんやりと見つめる。雅久を待ち続ける時間で、未咲は夢の中で聞いた「ゆるすまじ、つくよみ」の意味をずっと考えていた。あれが鬼の言葉であるならば、鬼は「つくよみ」を心の底から恨んでいるのだろう。そして、それをわたしが聞いた意味、そして、おばあちゃんも鬼に狙われたというその意味は、多分。


 「つくよみ」とわたしたちは、何かしらの関係があるってことだ。


 未咲は手元のすげ笠をぎゅっと強く握った。

 「つくよみ」という言葉には、何となく聞き覚えがあった。日々を過ごす中で、「つくよみ」の意味をふとした時に考えていたけれど、その末に辿り着いた答えは、そして、その答えと祖母や未咲が関係あるなんてことは、ありえないと思ってしまった。


 でも。


 危ない時に助けてくれた白狼、突然現われた石のペンダント、雅久と白狼を癒やした力。おおよそ普通の人には縁のないものが未咲にはあって、ありえないという結論には確信を持てなかった。


「わたしって、何なの……?」


 吐き出された言葉は、雨の音にかき消された。

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