第13話 ねえ、わたしたち、ひとりなのかな

13-1 どうか、一人じゃありませんように

 大蛇との戦いで疲れ果てた未咲は正芳と文子の家まで戻り、借りている部屋に着いた途端、ぷつりと糸が切れたように気を失ったらしい。それから三日後に目を覚ました未咲に、文子が涙ぐんでその時の様子を伝えた。

 未咲は自身が三日も眠っていたという事実に驚き、けれど納得もした。雅久や白狼の傷を癒やした後、実は倦怠けんたい感があった。きっとあの時は気持ちが高ぶっていて、わたしは平気なのだと思い込んでいたのだろうけれど、多分、いつ倒れてもおかしくない状態だったのだ。ファンタジーな世界観の小説や漫画などでよく見かける。魔法や超能力を、自分の魔力とか生命力だとかを使って、限界を超えれば倒れる。おそらくそのようなもの。


 それよりも気になることが、未咲にはあった。雅久のことだ。自分の力のことも重要だけれど、あの日別れた雅久の背中の孤独がまぶたの裏に焼き付いて離れない。わたしは御神木のところで待ってると言ったのに、三日間も眠ったままだったなんて。もし雅久がその間に会いに来てくれていたとしたら。わたしが約束――それは一方的なものではあるけれど――を破ってしまったのだ。それで、また、雅久が一人で傷ついていたらどうしよう。未咲にはそのことが一番、怖かった。もちろん、朔の日に大蛇に襲われたことも恐ろしかった。今も思い出せば身がすくんでしまう。でも、それでも。


 未咲は三日ぶりの食事を取った後、すぐに御神木のところへ行こうとした。そこへ、


「待ちなさい、未咲」


と、正芳が深刻そうな顔をして未咲を呼び止めた。


「ごめんなさい、正芳さん。わたし、雅久を」

「雅久を、よろしく頼む」


 未咲の言葉をさえぎって、正芳が深く頭を下げた。


「え?」


 未咲は呆気に取られて、正芳の白髪頭を見つめた。何故正芳が頭を下げるのかわからなかった。傍らで不安そうに未咲と正芳の様子を見守っていた文子もまた、少々困惑した表情を見せている。

 正芳は頭を上げ、悲しげな微笑を浮かべた。


「……酷い目に遭った後に山に入るのは危険だが、きっと、未咲なら大丈夫なのだろうなあ……」

「え?」


 独り言のように吐き出された言葉を、未咲の耳は上手く拾うことが出来なかった。未咲が首を傾げても正芳は息を吐くだけで、正芳が何を言ったのかはわからなかった。

 正芳は真剣な表情で未咲の目を見つめる。


「雅久は居ないかもしれないし、もう未咲の前に現われない可能性もあるだろう。それでも、未咲は雅久を待ってくれるか」

「――はい」


 未咲は正芳を見据えて頷いた。正芳は一瞬目を伏せ、それからもう一度、ゆっくりと未咲と目を合わせた。


「ありがとう」

「え?」

「雅久のことは雅久に訊いた方が良いだろう。未咲になら、雅久も話してくれるかもしれない」

「――」


 未咲は言葉を呑み込んだ。きっと、正芳は雅久の事情を知っているのだろう。雅久のことを見守るようにあたたかく、優しく、そしてわずかに寂しさをない混ぜにしたような目をしている。

 家族とも違う。どちらかと言えば、友人、のような。そんな関係が正芳と雅久の間では築かれているのかもしれない。未咲は少し、羨ましいと思った。彼らの間には、確かな信頼関係があると感じたから。


「わたし、ずっと待ちます。来なかったら、絶対探し出してやるって決めました」

「……そうか。それなら、安心だな」


 正芳は柔らかく目を細める。ふいに未咲は、祖父の顔を思い出した。寡黙かもくなところもあった祖父も、こうやって笑う人だった。わたしが御神木の桜を見てはしゃいでいる時、祖父は目で笑みを浮かべるのだ。愛おしいと、いつも目で伝えていた。

 愛されていたのだと改めて気づいて、鼻の奥がツンとした。ああ、わたしもおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだった。愛し、愛された思い出は、一人になった後もこうして語りかけてくる。だから、傍から見たわたしは家族を亡くして一人になった存在だけれど、決して一人ではないのだ。わたしはこんなにも愛で満たされている。

 雅久にも、そうであってほしいと思った。正芳の友情や、未咲の恋情、そしてこれから出会う人たちの沢山の愛で、その心を満たしてほしいと心から思う。


「未咲ちゃん」


 文子が申し訳なさそうに眉尻を下げて微笑した。


「あの子に会ったら、ごめんなさいと伝えてくれるかしら。本当は、直接謝りたいのだけれど……今はまだ、不用意に傷つけてしまいそうで怖いのよ」

「うん。必ず伝えます」


 未咲は柔らかく答えた。文子は他者に歩み寄れる人なのだと感じられて、嬉しく思う。そうあれる人は、一体どれほど居るのだろう。わたしもそうでありたい。


「いってきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る