11-4 あな悲し、人の愛よ
「……嫌」
未咲の心に、怒りにも似た熱い想いが沸き立った。それは激流のように身体中を駆け巡り、未咲の瞳に炎を宿す。ぐっと歯を食いしばり、目の前のドス黒い闇を睨み付ける。
大体、どうしてわたしがこんな理不尽な目に遭うの? おかしいじゃない。訳も分からないまま異世界に連れてこられて、怪異に襲われて、鬼の狙いはわたしかもって? 雅久のことだって何一つわかってない。まだ知りたいことも話したいことも、一緒に見たい景色だって沢山あるんだから。
「ふざけ、ないでよ」
負けてやるものか。まだ何も終わってない。何もかも諦めたような顔して、格好つけるな。――わたしはまだ、生きてるんだ。
「マカミ――!」
何故その言葉を叫んだのか、未咲にはわからなかった。否、自身が叫んだと意識さえしていない。
呼応するように、胸元の石が冷気を帯びた青白い光を放った。辺りを覆っていた闇が払われ、「ギャアッ」と目を
「あ!」
未咲は大蛇と
「きゃあ!」
暴れ馬の
未咲の悲鳴に瞬時に反応した白狼が大蛇の首から口を離し、その隙を突いて大蛇が白狼を振り払った。体勢を崩した白狼の身体に大蛇が鋭い牙を突き立てる。白狼の苦しげな声が響いた。
大蛇が倒れた未咲を振り向く。金色の双眼はギラリと
「雅久……」
祈るように、未咲の唇から少年の名が零れた。次の瞬間、
「――未咲ッ!」
突如聞こえた声に、未咲は目を見開いた。次の瞬間、大蛇の悲鳴が夜を切り裂いた。
いつも腰に提げていた刀を抜いた雅久が、痛みに
「大丈夫か!」
「う、うん……雅久」
「俺が“あれ”を引きつけるから、未咲はその間に逃げろ」
未咲が痛みに耐えながら身体を起こすと、雅久は大蛇から目を逸らさぬまま告げた。
「ま、待って。あんなの、雅久が、そんな」
「行け!」
雅久はそう言うが早いか、大蛇へと駆け出した。「雅久ッ!」と未咲が叫んでも、雅久は振り返らない。
未咲は嫌な予感がした。心臓がざわつき、緊張と焦燥、そして恐怖が胸の内に渦巻いて全身が震える。これは大蛇に襲われたことによるものではない。これは、失うことへの恐怖だ。
ぞっとした瞬間、白狼が
それより、わたしが此処に居ることの方が、彼らの邪魔になってしまう。早く逃げないと。
未咲は小刻みに震えている両足にぐっと力を込め、何とか立ち上がった。その時、
パキンッ
何かが折れたような乾いた音が、やけに鮮明に聞こえた。
暗闇に慣れた未咲の目が、地面に伏した雅久の影を映す。未咲はひゅっ、と息を呑んだ。全身から血の気が引いていく。
そこから先のことは、
「――
静かに、未咲の唇は言葉を
「喰らってしまえ」
未咲の首に掛かった石が
ビクンッと
未咲の周囲にはビー玉ほどの水滴が浮かんでいた。ペンダントの石は水を
「――……呪とは、恐ろしいものだな」
東の空が白む。闇が巣食っていた山内も、山々の間から生まれた太陽の光で薄く照らされ始めた。
「あな悲しや」
唇が弧を描く。心の底から愛を憎み、愛のためにその身を燃やすとは、人とはやはり可愛いものだ。故に我が身に危険が及ぶとなれば、当然排除する必要があるのだが。今は未だ、その時ではない。力はまだ、戻っていないのだ。
「
ぱちん、と宙に漂う水玉が弾けた。
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