第11話 襲い来る怪異

11-1 二度目の朔の日

 その日は、未咲にとって二度目の朔の日だった。

 未咲は朝目が覚めた時からそわそわと落ち着かず、見かねた文子が村の中を散歩するようにと未咲に勧めた。正芳は心配そうな表情であったが、未咲の様子を見て文子に賛同した。


 ということで、未咲は今、お散歩中である。

 「朔の日の夜は外出しない」という村のおきてはあるものの、ほとんどの人間が怪異が発生するなど半信半疑であるためか、村の様子は平和そのもので、特別警戒しているような様子も、不安そうな様子も感じられない。そういう空気に触れていると、未咲も何だか怪異なんて起きないのではないかと思えてくる。

 起きないのならそれが一番良いな、と思いながらあてどもなく歩き続ける。今日は御神木のある山とは反対側の山の近くを散歩コースに選んだ。勿論、山に入るつもりはなく、正芳が「結界」だと言っていた丸柵と段差も越えていない。


 本当は御神木の元で落ち着きたかったけれど、昨日雅久に会った時、


「明日は此処に来るなよ。朔の日だから、大人しくしていてくれ。俺は居ないから」


と言われ、行かないことにしたのだ。雅久の言い様に逆に行きたくなったというのは、未咲だけの秘密だ。

 だって、雅久の言い様じゃ、まるでわたしが雅久に会うために御神木のところへ行っているみたい。それに、「大人しくしていてくれ」だなんて、雅久の方が年上みたいでちょっと悔しいじゃないか。

 と、思ったものの。実際、未咲は雅久に会えることを期待して御神木の場所へ足を運んでいる節はあるし――むしろ八、いや、九割方そうだ――雅久が年上らしい、というのも、未咲は常々そう思っている。


「……でもやっぱり悔しい」


 複雑な心情である。

 と、視線を感じた気がして、ふっと顔を左側に向けた。ちょうど柵が途切れて入り口になっているのが目に入る。その奥には、御神木の場所へ繋がる山道と同じように、人々を山へと誘う道があった。御神木の方と比べて道幅が狭い。両脇から枝葉が差し掛かっていて、緑のアーチが出来上がっている。異世界への入り口、という感じがして、未咲は胸が弾むようだった。……って、この世界が既にわたしにとって異世界だった。未咲は一人苦笑する。


 それにしても、視線を感じたと思ったけれど、誰も居ない。鬼や怪異のことを気にしすぎて、過敏になっているのだろうかと、目を閉じて深呼吸をする。油断するのもいけないけれど、警戒しすぎても疲れてしまう。まだ夜になっていないのだから、きっと大丈夫だ。でも、宗一郎さんが不思議な現象に遭遇そうぐうした時は、昼間だったんだよなあ。そもそも、あれは怪異なのだろうか。と、短い間に考えを巡らせて、物思いにふける前にと目を開けた。


「あれ……?」


 見間違いかと思って、未咲は目をぎゅっと強くつむってからまた開けた。

 山の入り口の前に、一人の男性が立っている。先ほどまで誰も居なかった筈で、何処かから人がやってくる気配さえなかった。瞬間移動で現われたみたいだ、と未咲は思った。

 男性は白髪の老人で、紺地の甚平じんべいを着ていた。若干曲がった腰に手の甲を当てて、じっと未咲のことを見ているように、未咲には見えた。何故見られているのだろうと、どくどくと心臓が大きく鳴る。


 老人がきびすを返した。緑のアーチをくぐって、山へと入っていく。未咲は、えっ、と思わず声を出し、老人を引き留めようと右手を持ち上げた。老人は未咲に気づくことなくずんずんと歩き山の中へと姿を消す。

 未咲は呆気に取られてその様子をただ見つめていた。それからハッと我に返り、未咲は朔の日のことなど忘れ、慌てて老人を追いかけて村の結界を飛び越えた。

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