8-3 祖母の言葉

 未咲は目を覚ました。障子を通して朝日が部屋に差し込み明るく照らしている。

 真っ先に夢の内容を思い出して、身を起こして胸元に触れる。すると、硬い感触がそこにあって息を呑んだ。


「夢、なのに……夢じゃない」


 夢と同じように胸元からペンダントを引っ張り出した。青みが掛かった丸い石だ。それを見ていると、言い知れない気持ちが湧いてくる。

 どきどきと胸が高鳴っている。白い狼と初めて出会った時と似た気分であった。

 祖母が言っていた“力”のことと、関係はあるのだろうか。

 未咲は思案する。幼い頃の夢を見た後に、白い狼がペンダントの存在を教えてくれる夢を見たのには、何か理由がある筈だ。


 ――きっと、私が救えなかったあの子たちも、あなたは助けてあげられるわ。


 未咲は夢で耳にした祖母の言葉を思い出す。“あの子たち”とは、一体誰なのか。祖母がこの村に来ていたことを考えると、この村で出会った誰かだろうか。

 手の平に乗せた石をぎゅっと握る。このペンダントは肌身離さず持ち歩こう。未咲は一人頷いた。

 夢で見たペンダントが現実にも現れるなんて超常現象が起きたにも関わらず、未咲は平静を保っていた。


 御神木も蘇ったし、自分は異世界に渡ったし、恐ろしい目にも遭ったし……ペンダントくらい、突然現れても可笑しくないよね。


 滅茶苦茶な論理である。未咲は自分が存外図太いことに苦笑を漏らした。

 正直なところ、この一ヶ月半で色んなことが起きすぎて感覚が狂っている気がする。

 村は五月――この村では皐月さつきと言っている――を迎え、半ばを過ぎた。今まで生きてきたどの一ヶ月半と比べても、この村での濃さに敵うものはないと感じている。


 鬼の存在によってもたらされた恐怖感も、正芳と話した時以降なりを潜めている。怖い思いをしたとて、半月ほども経てば元の精神状態に戻った。人間とは単純な生き物である。だからこそ、忘れた頃に訪れる恐怖が恐怖のまま襲ってくるのかもしれない。


 未咲は身を起こして立ち上がり、障子戸を開けた。

 今日も薄水色が綺麗な快晴だ。

 思い切り息を吸い込んで、はああと吐き出す。


「ばーか」


 誰にともなく呟く。

 漫画やアニメのヒロインのように、真っ直ぐあれたら良かったのに。

 未咲は最近、ふとした拍子に何度も考えていた。

 もしもわたしが、漫画のヒロインだったなら。

 襲い来る鬼にも、難関だらけの恋にも、祖母が遺した謎にも、自分に宿っているらしい未知の力にも。

 きっと、どんなことにも果敢に立ち向かっていけたのだろう。


 生憎あいにくと未咲は頭が混乱しっぱなしで、論理的に物事は考えられない。何から手をつけていいのかも皆目見当もつかない。平静を保ってるなんて嘘っぱちで、感覚が麻痺して一時的に冷静なだけだ。気を抜けば泣いてしまいそうだし、すべてを投げ出して消えてしまいたいとさえ思う。


 でも、諦めることだけは出来ないから。

 未来を信じる。

 それが未咲の信条だ。

 どんなことが起きようと、諦めさえしなければ。

 どんなに格好悪くても、最後まで足掻あがき続ければ。

 きっと、幸せな未来を掴めるのだと、未咲は信じている。


「頑張れ。頑張れ、未咲」


 胸に手を当てて、自身にエールを送る。

 何もかも上手くいかなかったとしても、それが自分の選んだ道なら、信じて突き進むの。

 よし、と気合いを入れて、未咲は着替えるために身をひるがえした。

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